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ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ/天地争覇 (1992)

獅子王争覇/ONCE UPON A TIME IN CHINA III

監督
ツイ・ハーク
  • みたいムービー 12
  • みたログ 256

3.61 / 評価:57件

私にとってはシリーズ最高傑作。

  • 晴雨堂ミカエル さん
  • 2008年3月24日 16時54分
  • 閲覧数 485
  • 役立ち度 14
    • 総合評価
    • ★★★★★

 李連杰氏(ジェット=リー)が扮する黄飛鴻シリーズ第3弾にして、私の趣味としては最高傑作が「天地争覇」である。ただし、カンフーアクションの充実度にこだわるファンには物足りなさを感じるだろう。アクションを楽しみたい方々は、私は2作目「天地大乱」のほうが優れた魅せ場が多い。

 単純に娯楽性を追求した作品も大好きだが、私はどちらかといえば多少政治的で複雑なプロットの作品を好む傾向がある。もともとこれら一連の黄飛鴻モノを観るようになったのも、李連杰ファンというのもあるが「大河ドラマ」が好きだというのが強い。前2作も含め予告編は概ね日本の幕末明治維新を彷彿させるようなスケールの大きい大河ドラマであるかのように編集されている。ところが、蓋を開けて観るとシンプルな勧善懲悪のカンフーアクションといった趣に重心を置いている。

 今回の作品は、北京の紫禁城ロケなど映像的に大掛かりになり、当時の中国の最高権力者西太后や宰相李鴻章が登場し、中国へ覇権の触手を伸ばすロシアの謀略などが絡んで、舞台としても危急存亡感ある「大河ドラマ」らしいスケールである。
 カンフーアクションが地味になった原因の1つとして、物語の佳境が獅子舞大会であるためだが、史実の黄飛鴻は獅子舞の名手としても知られており、極めて黄飛鴻らしい映画になっている。(余談1)

 前2作から続いている、ほぼ同じ年齢の歳若い叔母との近親?(余談2)の恋がいよいよ成就する方向へ進展する。もちろん、濃厚でディープなラブシーンは無い。禁断?の恋はプラトニックで、まるで森田健作氏主演「俺は男だ」の原作漫画の如くシャイで奥手だ。それがまた純粋まっすぐ君的な辮髪姿の李連杰氏にピッタリである。
 そこへ容姿端麗の貴公子然とした若いロシアの外交官が絡んでくる。スタンダードな恋敵として絡んでくるのだが、その背景に「先進国」の人間として「後進国」の黄飛鴻たちに「新しい時代」を啓蒙する姿があるので、なかなか政治的だ。

 他レビュアーも指摘されているが、シリーズ常連ともいえる熊欣欣氏が1作目では李連杰氏のスタント、2作目では強敵カルト教団の親玉、そして今回は強敵鬼脚として登場し、中盤から改心して黄飛鴻の右腕になる。(余談3)
 ラストの場面はなかなか凛々しい。清朝主宰の大獅子舞武闘会に悪戦苦闘のすえ勝利した黄飛鴻、周囲には黄飛鴻たちに打倒された悪漢たちの獅子が転がり、鬼脚はまるで黄飛鴻の旗手のように従う。勝利の牌を掲げながら黄飛鴻は清朝の政策を批難し、まるで叩きつけるかのように牌を宰相たちの貴賓席に投げ入れ去っていく。
 高潔な武術家黄飛鴻、国家存亡の危機に目先の賞金しか頭に無い俗物どもを蹴散らし、無能な国家権力に物申して去っていく、この姿は李連杰氏によく似合う。
 
(余談1)黄飛鴻から獅子舞を抜かすという事は、同時代人である土方歳三から俳句の趣味やオルガナイザー(組織者)の要素を抜かして単なる冷酷なチャンバラ武者にするようなものである。因みに歳三の俳人としての号は「豊玉」。

(余談2)記憶に間違いがなければ、たしか日本の法律では婚姻は血縁関係が三親等以上(従兄弟・従姉妹)離れていれば可能らしいが、中国の清代ではどうなんだろう。作中で黄飛鴻の父親は2人の恋を認める以前にショックで腰を抜かして「家系図が滅茶苦茶だ」と溜息をつくが。

(余談3)足技で成り上がった鬼脚はその足を負傷して敵役の親玉に捨てられ、医者である黄飛鴻に拾われる。目を見開き杖を付いて歩く様はまるで竹中直人氏のようだ。

詳細評価

物語
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演出
映像
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