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激怒 (1936)

FURY

監督
フリッツ・ラング
  • みたいムービー 8
  • みたログ 27

4.32 / 評価:19件

フリッツ・ラング、屈指の大傑作

  • yuki さん
  • 2019年5月31日 1時24分
  • 閲覧数 217
  • 役立ち度 3
    • 総合評価
    • ★★★★★

めちゃくちゃ面白いです、この映画。生涯のベスト10には入れられます。


婚約者を迎えに田舎街へ車を走らせていたある男が、ちょっとした偶然から児童の誘拐犯だと勘違いされ、警察署に勾留されてしまう。調査と裁判が始まるまでかれは”無罪”のひとであるはずなのに、ニュースに扇動された街の者たちが警察署前で暴動を起こし始める。その暴動は収まることなく、ついに警察署ごと燃やされ、男は行方不明となってしまう。

この暴動はどこかユーモラスにも描かれていて、愚蒙な田舎民たちへの揶揄が感じられる。裁判という、理性の過程を忘れ、感情のまま行動を起こしてしまう愚かな人間たちへの痛烈な批判となっている。

だが、本当に面白くなるのはここから。

ホラーコメディ調の前半からガラリと変わり、後半は男を集団リンチした住民たちへの裁判劇となる。集団リンチの最高刑罰は死刑、検事から住民の22人が起訴される。しかし被告人たちは田舎町特有の連帯力で、口裏を合わせ嘘のアリバイを作ろうとする。さらには男の死体が上がってないことが、殺人事件としての立証も難しくしている。

男の死体が上がらない理由。
実は、男は生きていたのである。燃え盛る刑務所から火傷を負いながら、命からがら逃げだした男は復讐を心に誓った。自分をリンチしたやつらを死刑場へ送るため、世間から姿を消し死を偽造したのだった。

この怒りに狂ったスペンサー・トレイシーの演技がすばらしい。善良だった男が、地獄をくぐり抜け復讐の鬼となった姿を迫真に演じている。

かれの奸計は成功するのか、リンチした卑劣な22人に神罰は下るのか、それがこの映画の焦点となる。

とても面白いのが、裁判という過程を無視した住民たちに、こんどは男が裁判によって復讐を果たそうとするところである。しかも、それが「存在しない殺人」という虚偽によって成されようとするのがこの映画の白眉なアイデアである。
その点において、デマに踊らされてリンチを初めた住民たちと、虚偽によって復讐を目指す男は同一になってしまうのだ。真実よりも私情を優先してしまう人間の愚かな性をアイロニカルにえぐり出している。

はたして、男は22人の被告人を、本当に見殺しにしてしまうのか。それが真のサスペンスとなる。



現代でもネットリンチ(炎上)など類型はあとを絶たない。いまでもこの作品の持つメッセージは鋭さを失わないどころか、ますます痛烈に我々を批判してくるのである。

詳細評価

物語
配役
演出
映像
音楽

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