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ユリシーズの瞳 (1995)

TO VLEMMA TOU ODYSSEA/THE LOOK OF ULYSSES/ULYSSES' GAZE

監督
テオ・アンゲロプロス
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4.33 / 評価:72件

「痛み」が「痛みそのもの」として残る

そこには白亜の歴史的建造物を浮き上がらせるような澄みきった海など存在せず、ただ世界とのっぴきならぬ関係だけが存在する。
 

個性的な作品にはその世界だけが持ちうる毒性というものがある気します。毒性と言っても痛みや吐き気を伴うようなものでなく、いったんそれを知ったら容易には断ち切り難い麻薬のようなものです。

アンゲロプロスの映画においては曇天と冬の湿り気がまさにそれに当たる気がします。
多くの人はギリシアという言葉から白亜の歴史的建造物や紺碧の空、そして澄みきったエーゲ海あたりを連想するでしょうがアンゲロプロスの映画からそれらを連想する人はまずいないでしょう。

冷たい湿り気を伴った悪天候が舞台装置なら登場人物は当然のように光を求め続けますがそこには歴史の悪意に満ちたような「国境」という壁が常にそれを遮ります。

多くのアンゲロプロス作品がそうであるように本作も「未現像の3巻のフィルム」という光を求めて旅を続けたハーヴェイ・カイテルの手にもついに届かなかったという「痛み」が用意され、にも拘らず見果てぬ夢を追い求める余韻で幕を閉じます。

結末に「痛み」が用意された映画の数多(あまた)は時がたつにつれ甘美な思い出に変わります。私はアンゲロプロスの全ての作品を観たわけではありませんが「痛み」が「痛みだそのもの」として残ってしまう彼の映画からいつも「自身が求める世界とのっぴきならぬ関係を持った人々」だけに通じる(生きるとはそういうものだ)という声として届いてくる気がするのです。

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