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女人、四十。 (1995)

女人、四十。/SUMMER SNOW

監督
アン・ホイ
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  • みたログ 32

3.92 / 評価:12件

笑って、泣いて、それでも家族

  • lamlam_pachanga さん
  • 2010年7月30日 15時08分
  • 役立ち度 4
    • 総合評価
    • ★★★★★

アン・ホイが手掛けた映画の中でも個人的に好きなのは『客途秋恨』。極めて薄いものながら、私の個人的な体験と僅かばかりに重なるあの映画は、彼女の半自伝的作品とは知りつつも、変なところで共感してしまったものです。

でも、アン・ホイのキャリアの中で映画的バランスのとれた秀作となれば、恐らくはこの『女人、四十。』でしょう。老人介護問題をユーモア交えて語ったこの物語は、現実的側面から見れば「綺麗事」とも言われかねない部分があるものの、アン・ホイはそうした批判も甘んじて受けるだけの懐の深さをこのドラマに与え、デビュー直後の「社会派ドラマ」の顔と、その後の「人間ドラマ」の顔を絶妙に使い分けています。

この映画を観て、シニカルなことを言うのは簡単でしょう。恐らく、私の母親もそうでしたが、「介護」に現場に携わる、或いは自らが「介護」をする側に回ったことのある人からすれば、「そんなに上手くはまとまらないよ」と言いたくなる部分はあると思います。それは、そう言った経験を持つ人たちに比べ、1/100も介護現場の辛さを理解していない私ですら思い至るところです。

でも、アン・ホイはこの「老人介護」の問題を描くドラマの外堀を、このご時勢、私たちがどこかに置き忘れてきた「家族としての温かみ」で包み込みます。私個人は、その「温かみ」を否定する気にはなれない。

現実は辛く厳しい。

そんなことは、この世を生きる誰しもが理解していること。

アン・ホイはこのことを忘れず、それでも敢えて、厳しい現実に立ち向かっていく手段として、「家族の繋がり」を再提示します。

この映画は、主人公のメイ(ジョゼフィーン・シャオ)がソリの合わない義父(ロイ・チャオ)の介護をしていく中、それまではあまり気にかけることのなかった「家族の温かみ」に気付いていく物語。当初、貧乏くじをひかされた思いに苛立つメイは、「痴呆の義父」と係わる内に人間らしさに目覚めていきます。それは、メイの旦那やその息子も同様。この家族は、家族のひとり(義父)が(痴呆により)「何か」を失ったことと引き換えに、残る家族がそれまで忘れていた「何か」を取り戻していくわけです。

本作は、家族と言うものは大小問わず互いの犠牲を必要とし、しかしそれを犠牲と厭わぬ心を共有した時、私たち人間社会の最小構成単位である「家族本来の姿」が浮かび上がる様を伝えてくれます。

アン・ホイは、幼少~青年期にかけて母親と確執を抱えていた女性です。恐らくは、他のどの監督よりも「家族への希求」と言うものが強いであろうことは想像に難くありません。そんな彼女の、どこか希望的理想像が描かれた、ちょっぴり甘い「人間ドラマ」がこの『女人、四十。』なのです。

今日、主演を務めたジョゼフィーン・シャオやロイ・チャオを知る人はそう多くないでしょう。ジョゼフィーン・シャオは、60~70年代初期のトップアイドル。一方のロイ・チャオは、70年代のキン・フー映画や80年代のサモ・ハン映画で名バイプレイヤーとして活躍した人(キン・フーの『侠女』で強烈なラストを飾った和尚役を記憶してる方もいるかも)。

そんなふたりの演技は、この映画のキャッチコピーそのままに、私たちを「笑って、泣かせて」くれます。香港映画界におけるベテラン中のベテランである両者が、かくも元気に(ロイ・チャオは痴呆老人役ですが)躍動する様は、アン・ホイの演出とも相俟って、この映画が放つ「観る人を包み込む様な温かみ」を映画に与えています。その温もりは、それだけでもこの映画を薦めたくなるほど。

確かに、本作が現実を捉えた人間ドラマであるとは思いません。

介護現場の辛さを伝える、生粋の社会派ドラマとも言えないでしょう。

でも、この映画をご覧になる方には、どうかシニシズムを捨てて頂きたい。

「家族の面倒を看る」と言うのではなく、アン・ホイが描いたのは、「家族と共に暮らす」と言うただそれだけの、彼女のささやかな希望でもあると思いますから。

詳細評価

物語
配役
演出
映像
音楽

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