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エル・スール

cyborg_she_loves

5.0

パパは何が言いたかったのか

 この映画を褒める人はみんな、映像の美しさばかり褒めますね。もちろん、素晴らしいですよ。デジタル・リマスターしたのがあるなら高くても即刻買いたい(私は公開数年後に民放深夜放送で流してたのを録画して持ってるだけ)。  でもね、映像の美しさは、もっと深い、目に見えない真実を描くための、手段にすぎません。この真実の背骨が通ってなかったら、どんなに美しい映像でも、95分間も眺め続けていて退屈せずにいられるわけがありません。  少女の頃は、パパは何でも知ってて、何でもできて、何をやっても絶対間違わないと信じていた、という女性は、多いと思いますし、私もたくさん知っています。大きくなったらパパのお嫁さんになる、と本気で信じていた少女たち。  (余談ですが、私は男ですけど、私も小学生のころは父親のことをそういうふうに思っていました。だから男女のちがいがあってもこの映画に共感するんだと思います。)  それが、ある年齢になって突如、パパがただの普通の男だったことを知って愕然とする。子供が生まれる前に性別を言い当てたり、振り子やダウジングで霊界と交流したりするような、まるで予言者みたいな人だと思っていたパパが、じつは別れたはずの元カノを忘れられず悶々としているただの浮気男だったなんて。  でもこの衝撃は、子供が大人になる途上で大なり小なり必ず経験する必要があるものなんですね。自分の理想に比べて親があまりに現実的で、低俗であることに失望し、抗議し、反抗する中で、子供は初めて親とは独立した自分というものを捜し求める道へと歩み出して行く。  この映画は、予定されていた後半部が製作できなかったことのために、大半がそこまでの描写だけに費やされて終わっています。  そして、この過程の描写だけでも、私たちに、「そうそう、私もあんなふうだった」と、かつての自分を思い出させてくれる光景が、この映画には満載です。国や、風土や、政治状況はまるでちがうのに、一貫して「なつかしさ」の感覚をこの映画がこちらにかきたてるのは、そういう人間の普遍的な真実を見事に描写しているからだと思います。  でも、この映画が本当に言いたいことは、その先にあります。  当時の私には馬鹿げているとしか思えず、失望しかできなかったパパの苦しみには、じつは当時の私には想像すらできなかった奥底があった。そしてパパは、私にだけはそれをわかってほしいと思って、私にそれを伝えようとした。それなのに私は、それを無残にも門前払いして、パパを放り出してしまった。孤独に耐え切れなかったパパは、自殺した。  パパはあの時、何を伝えたかったのだろう。もう手遅れではあるけれど、でも今でもパパのためにできることがあるとしたら、それは何だろう。  エストレーリャは、その答を求めて、「南」へと旅立ちます。  私は原作は読んだことがありませんが、伝え聞くところでは、この映画は原作とはまったく別の世界を描いているようです。ということはつまり、この問いに対する答は、原作を読んだらわかる、というものではないということです。エリセ監督は、この問いに対する答を、観客に委ねたまま、永久にこれを未完の作品にしたわけですね。  でも、まさしくそこが、つまりこの映画に結末がないところこそが、この映画のいいところだと私は思います。私たちひとりひとりが、自分でこの映画の結末を「作る」ことができるのですから。  こちらの深さに応じて、映像の綺麗さだけを楽しんで終わる映画にもなりうるし、生きることの奥底を覗き込む映画にもなりうる。そういう映画だと私は思います。

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