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エル・スール

じゃむとまるこ

5.0

エル・スール、エル・ノルテ、半分の物語

この映画は実は3時間という大作であったらしいが、その尺での上映かなわず、前半95分完結という監督には気の毒なことであったらしい。 映画としては本作のラストシーンが余韻が深く、これ以上は描く必要がない、描かれなかった部分が想像できるところがこの映画を名作たらしめていると思う。 陰影の濃い映像が美しい。 冒頭、画面右が少し明るい、夜明け、徐々に全体が明るくなってくる。 目を覚ました少女。 外では犬の吠える声、母の緊迫した父を探す声、「アウグスティーン」「アウグスティーン」・・ 少女は父が置いていったと思われる振り子を大切に掌で覆う。 少女にはわかった、父はもう帰ってこないと。 そこから少女の回想が映像で語られる、内戦の過去とか具体的なことが語られるわけではない、少女が成長の過程で出会った印象的なこと、父との思い出の中にあったもの、それらの中から浮かび上がる父の過去への疑問という作りになっている。 父の中にある秘密めいたもの、それはわからなくても少女は父の自分への愛の深さは十分に感じていた。 それでもその秘密めいたものにおびえてもいた。 彼女が生まれる前、母のおなかの中にいるとき、父は赤ちゃんは女の子で名はエストレーリャと決めていた、と彼女は空想と思える記憶を話す、父に愛されたい思い。 彼らはスール(南)から転々と移住して寒い北の地に居かまえた、父はインテリで村人にも信頼され病院の医師でもあった。 そして母は教師で職を追われ夫と共に北へやってきた。 エストレーリャの聖体拝受の日、スールから祖母と父の乳母がお祝いのためにやってくる。 祖母は上流階級の人だと一目でわかる。 父は未だかつて教会へ来たことはない、それでも娘のために来てくれた、それは大変な妥協だったようだが、このころが彼女と父の一番幸せだった時かもしれない。 多くを語らなくてもスペインの歴史に翻弄された父の人生がわかる。 反ファシズム人民戦線と、フランコファシズム軍との内戦。 ついに1939年人民戦線は制圧される。 父アウグスティーンは人民戦線の側、祖父はフランコ独裁政権の側。 地主階級や教会などは既得権益を守るため独裁政権を支持していた。 家族で敵味方になって争う悲劇。 追われるように故郷を後に北へのがれた、そんな中妻との間にエストレーリャが誕生し、 一見平穏な幸せを手にしたように見えたが、父の内なる喪失感はどんどん膨らんでいったようだ。 エストレーリャ15歳の時、父の秘密の一端を知る。 過ぎ去った過去だけれどひと時だって忘れたことはないようだ。 南で父はすべてを失った、その喪失感はあまりにも大きく、愛する家族にも埋めようがなかったように見える。 ここで映画冒頭のシーンに戻る、父の選んだ人生はエストレーリャを打ちのめすが、彼女は転地療養の誘いを受けて南の祖母の元へと向かう、父の形見の振り子と父の秘密をもって、父を取り戻すため南へ。 余韻の深い終わり方がとてもよい。 ビクトル・エリセの映像は絵画的でとても魅力的、そしてノスタルジックなスペインの音楽。 配役も少女を撮ることに定評があるエリセ、まだ幼いエストレーリャと15歳になった彼女との違和感はなく、いつ入れ替わったの?というくらいだ。 喪失感を深く抱えて生きてきたアウグスティンはこういう人生を選ぶしかなかったのだろうか、オメロ・アントヌッティの表情がそう生きるしかなかったことを物語っていた。

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