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アドルフの画集

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4.0

冷静なるヒトラー観

アドルフ青年の姓はヒトラー、かのアドルフ・ヒトラーです。彼がまだ絵画を捨てきれずにいた最後の時期を、彼の人間的な部分に照準を合わせてじっくり味わうことができます。アドルフ青年の見せる神経症的な潔癖さや禁欲的な性向は、自分の“たが”を外すことを怖れているひとつの類型としてもとても巧く描かれています。繊細で、小心者でもあり、同時に激情やこの世への不満(やがて憎しみ)をも心中深く抱いているアンバランスな青年像は映画的にとても優れていると思いました。独逸軍の上官と猶太人画商マックスの間で揺れ動くアドルフは浮き草のように心もとなく見え、友もなく支えもないあるひとりの人間が、どれほど人から認められることに飢えるものなのか、を想像すると言いしれぬ哀れさを覚えます。絵を描くことに関してすぐれた技術を持っていながら、すぐに道を究めることのできない絵画ではなく、ダイレクトに大衆の評価が跳ね返ってくる演説家という道をついに選んでしまったことも、この映画を見ていると理解できる気がします。たとえば、映画には画商マックスの妻としてバレエダンサーも登場するのですが、観客から賞賛をもらえると(自己表現を達成した満足感を第一とすれば)その次にうれしいわけですし、アドルフの中ではそれが己の政治的な見解(というほど理論的ではないにせよ)で人々を扇動する時の聴衆の反応に相当したのでしょう。ただひとつ、舞台芸術と政治活動の違いは、支配性のあるなしにあり、その意味では彼の中の、誰よりも優れていたいがために自分を磨くのではなく他者を制するという欲望(弱さ)の萌芽がよく現れているように思いました。(こんな風なさり気無い比較対象を持ち込んでくる手腕も、この映画の完成度の高さを物語っていると言えます。) 戦後も2002年に至ってやっと冷静なヒトラー観の映画が製作されるようになった。客観的なワイマール期研究の足しになる。 ∽ 2002. ヒットラー 第1章:覚醒/第2章:台頭   政権奪取までの話

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