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アドルフの画集

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4.0

青年ヒトラーを主人公にしたファンタジー。

 アドルフ=ヒトラーがまだ政治家になる前の青年時代を描いた作品である。といっても、史実に沿ったフィクションというよりは、ヒトラーというキャラクターを使って、もしかしたら画家になる可能性が有ったかもしれないという仮説から創ったファンタジーである。史実との隔たり具合は、明治維新から西南戦争までを描いた「ラスト・サムライ」と同程度なので、時系列は無視している。日本を知らない人間が「ラスト・サムライ」を観たらホンモノの日本近代史と思ってしまうように、青年時代のヒトラーをよく知らない人間が観れば、史実に沿った映画だと思い込むだろう。  物語としては起承転結よくまとまっていたし、主人公を裕福なユダヤ人画商に設定し、未だ反ユダヤ主義に染まりきっていない青年ヒトラーの絵画の才能を見出し(余談1)援助するというシチュエーションは興味深い。主人公に対立する存在として反ユダヤ主義の保守的な軍人が登場し、ヒトラーの演説の才を見出し手放すまいとする。繊細で不安定な精神状態の青年ヒトラーは、両者との葛藤で揺れ動くがラストで決定的な事件に遭遇する。これら相関関係の描写は判り易くて見事だった。また、青年ヒトラー役のノア=テイラー氏の演技は作品の説得力を上げるもので素晴らしかった。  とはいえ、主人公であるユダヤ人画商は架空の人物で、青年ヒトラーを取り巻く状況を観客に解りやすくデフォルメして演出したものである。史実との隔たりを考えたらファンタジーと思ったほうが良いだろう。  この手の映画で私が期待するのは、完全なファンタジーだった。30年以上前にアメリカのSF作家ノーマン=スピンラッド氏が発表された「鉄の夢」は衝撃だった。内容は、ヒトラーが政治家の道へ進まずアメリカへ移住してイラストレーターや小説家として大成し、未来世界で新人類の攻撃を受ける純潔人類の抵抗を描いた「壮大な」SF小説、という設定のもとでスピンラッド氏が架空の小説家ヒトラーになりきって描いていた。私はこの映画化を期待していたし、ファンタジーならそこまで徹底して踏み込むべきだと思っていた。(余談2)  「アドルフの画集」は私も創作活動をやっていた時代によく似たストーリーを考えていて、20年前に「鉄の夢」の翻訳本を読んだときのサプライズが大きかったので私のヒトラー物語案は凡作としてボツにした。  映画史としては平凡な青年だったヒトラーの姿に焦点を当てたことで評価されるのだろうが、私にとっては想像できる内容の映画だったので及第点にしか見えなかった。 (余談1)ヒトラーの絵画を見たことがあるが、デッサン力がずば抜けているとは思えなかった。自慢話ではないが、私も高校の美術であの程度は描けていたと思うし、友人たちはもっと巧かった。中にはデザイナーになったり、ゲーム業界で出世している者もいる。ただ、絵が下手だった人が漫画家になったりイラストレーターになった例も知っているので、「鉄の夢」はありそうな話でインパクトがある。  逆にヒトラーが画家になる可能性は低いし、第一次大戦中は軍隊生活に順応して司令部付伝令として目覚ましい働きをしている。最終的には伍長勤務上等兵に昇進し、兵卒としては極めて異例の第1級鉄十字勲章を授与されている。この勲章は将校たちが襟の止め具あたりに飾っている十字の勲章で、貰えない将校もいる。つまりヒトラーは「充実した」軍隊生活をおくっていて、彼にとってこの勲章は誇りであり拠り所となり、自殺するまでナチの制服の左胸ポケットに取り付けていた。ヒトラーは映画のような自信喪失状態の青年ではなかった。敗戦の報せで泣き叫んだそうだから、もはや彼の関心事は藝術ではなく政治に移行していた。  大戦後は引き続き軍隊に留まり、政治団体を調査監視する代理将校になり、担当の政治団体の1つだったナチ党集会で弁士を論破したことから党議長から歓待され軍を辞めてナチに入党、ほどなく宣伝部長になった。その後の経緯は世界中の人間が御存知の通りである。 (余談2)映画のヒトラーは、たぶん美術大学受験を目指していたリンツ・ウィーン時代のハイティーンから20歳過ぎくらいの頃を無理やり大戦後にもってきた感じがする。ノア=テイラー氏の風貌は第一次大戦後のヒトラーではなく20世紀初頭の頃のものだ。  実際のヒトラーは20代前半頃から髭を蓄え、第一次大戦時には立派なカイゼル髭にしていた。だから映画で髭の無いヒトラーを観たとき、私は白けてしまった。

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