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ブラザーフッド (2004)

TAE GUK GI/BROTHERHOOD

監督
カン・ジェギュ
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3.58 / 評価:364件

我々の知らない戦争の悲惨について

  • min***** さん
  • 2016年9月3日 17時31分
  • 閲覧数 2783
  • 役立ち度 6
    • 総合評価
    • ★★★★★

(初見は劇場公開時)

我々にとって戦争とは太平洋戦争であり、「軍民の総力を以て戦い」「戦場では飢えて白骨となり、銃後では(戦争法に違反した)無差別攻撃により大量の市民的犠牲が出る」ことが我々の戦争のコア・イメージである。しかしながら、我々にとっては悲惨であること十分すぎるようにも感じられるこれらですら戦争の悲惨さの一端に過ぎないものであり、朝鮮戦争の経過を取り扱った本作品は、戦争が、我々が現代の戦争において未だ実感しない悲惨さの別の一面を有することを教える。映像としても優れており、特に、前半で描かれる戦場の場面は、戦場描写の文法を変えたとされるSavingPrivateRyan(1998)の冒頭の上陸作戦シーンに比肩し得る、あるいはその10年後の戦争を描くもので現代との人的な近さ・連続性からしてそれを凌ぐ可能性がある。

さて、我々の多くは、1950年代の当時を生きてはいなかったし、仮に生きていたとしても、それを正当に俯瞰するには誠実な歴史家を通してでしか可能とならない。言うまでもなく、学校教育であれ、そこで用いられる教科書であれ、誠実な歴史家がその見識の最小限の一端を伝える最小限の情報すら、ことに朝鮮戦争を含む現代の戦争のあり方について我々が知り得る機会は大変に少ない。却って、当時を現に生きていたことが正当な俯瞰の妨げとなるかもしれない。

朝鮮戦争について我々が共有する一般的な知識は、無差別攻撃の蹂躙により荒廃した我が国がその戦争のもたらす需要により劇的に回復する契機を与えられた、あるいは、朝鮮半島を舞台にして共産主義勢力と反共勢力とが衝突したのちある緯度線を境界として現在一応の休戦状態にある、ということのみであって、その戦争の悲惨さの本質というべき、言語的にも政治的にも歴史的にも一体であった単一の民族が、外来の思想間の対立が原因で相争わざるを得なくなった、ということについては、かほどの実感を持っては語られない。まさに、我々の戦争でないことによる。あるいは、自らの手で西洋的国家形成も西洋的工業化も成し遂げなかったことに対する何らかの蔑視感情が未だに残存することによるのかもしれない。

しかしながら、朝鮮戦争による単一民族の分断と、分断が形成されるに至る経過で生み出された憎悪や多数の死別、離別は、ことによれば我々のものであったのかもしれない。少なくとも、1945年8月上旬の時点において、ヨシフ・スターリンはそれを欲していたと言わざるを得ない。

本作品は、こういった朝鮮戦争の、我々が実感しえなかった現代戦争の悲惨の重要な側面を、我々に刻み付けるものである。我々は、命は大事であるなどとしばしば教えられるが、それは簡単に覆されうる教えであって(例えば、これに「我々の」という条件節を付加し、続けて「故に彼らの命を奪え」という命令を付加する)、しかも、我々は、現代の我が国において、単一であると信じていたはずの日本国民が、何らかの外来的な要因により、選択しないという選択を封じられた前提のもと、二つの対立する(外来の)思想あるいは勢力あるいは憲法の選択を迫られ、選択した途端に、相憎しみ合い、殺戮しあい、死別し、離別するということが生じうるということについて僅かの想像力を有しない。しかしながら、本作品は、そのような、あってはならない戦争を戦い、あってはならない離別をまさに現在のこの時間において生きている、朝鮮半島の不幸な人々からの手紙であり、さらには、終戦の決断の紙一重によってかかる悲惨を免れた我が国民の並行世界における自らの姿そのものに他ならないと断ずることができる。

詳細評価

物語
配役
演出
映像
音楽

イメージワード

  • 悲しい
  • スペクタクル
  • 絶望的
  • 切ない
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