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MAKOTO (2005)

監督
君塚良一
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2.80 / 評価:41件

監督=君塚の個性は感じたが、シナリオが・

  • hi6***** さん
  • 2010年8月12日 7時34分
  • 閲覧数 553
  • 役立ち度 2
    • 総合評価
    • ★★★★★

TVドラマの脚本家である君塚良一の映画監督としての
力量には、どうも眉つばっぽさを感じています。
氏の脚本家として成功した「踊る大捜査線」のスピンオフの「容疑者 室井慎次」は勿論の
事、世間的に評価が高かった「誰も守ってくれない」も、私は世間(評論家)程には、
監督としての才能は感じられないでいた。

しかし、今回のこの作品は、明らかに、ストーリー的には、映画的な盛り上がりに
かけているし、しかも、ラストでの盛り上げ方もおかしいので、脚本は失敗しているのにも
関わらず、映画監督=君塚の才能を始めて感じた作品であった。

君塚と言えば、良きに付け、悪しきに付け、「踊る大捜査線」=フジTVのイメージが
強いのであるが、今回は、何故か日TV制作の映画であり、
フジTVの時みたいな絶大な庇護を受けるでもなかったこの作品では、
かえって、娯楽至上主義のフジがスポンサーではない分、
映画制作にお仕着せ等の規制が少なく、君塚自体の作家性がでた賜であろう。

オープニングでの、嵐の中での三人の意思の登場の仕方が、
俯瞰で三人の雨の中を走って、病院の入口から、死体安置所までを
ほぼ1シーンで荒々しい雨の中を、ほぼ無言での登場ながら印象に残る。
こういった1シーンで大人数で、しかも、スペクタクルな映像で描こうとする
君塚の意欲が随所に表れています。
(初期の相米慎二風でもある)
勿論、そう言った演出は完成度あってこそなので、所何処りで、
演技が作りものじみて見えてしまっている失敗はあるのですが、
意欲は伺えます。
特に、嵐の中での現場検証シーンでの、佐野史郎と哀川翔などの刑事の冗談交えた展開と
室井滋の独特の存在感がありながらの1シーンなどは成功している。
また、電話での嵐の音とか吹奏楽の音のかぶせ方(電話内容を観客に不明にさせる)なども
視覚的と聴覚的で展開する映画的な面白さも与えてくれる。

こう言った、魅力的なシーンもあるのに、関わらずシナリオ的には、映画的には
各エピソードが平板であって、起伏のかけている。(連載漫画原作なので、どうしても
そうなりがちなのもわかるが、映画の時間枠でも起伏を与えて盛り上げるのが、
脚色脚本である)
ラストエピソードの妻=和久井映見のラストの引っ張り方が
結果をわかってからの引っ張りなので、監督としては感動的に描いているつもりであろうが、
退屈である。

役者では、主役の二人はそれほどに目立たないのであるが、
室井滋のその独特の存在感が圧巻だし、
哀川のごり押し刑事ぶり、ベッキーの今時のインテリ女医ぶり、
端役で出番が少ないのに、存在感を示す佐野史郎、河合美智子の疲弊して
いっちゃっているぶり、武田鉄也の溺愛父性などなど、脇役がそれぞれに個性を出していた。

この作品は君塚では映画デビュー作であるが、こう言った野心的な演出方法であったのが
その後の彼の作品と比較して、意外であった。
でも、そういった作家ぶりが、この映画がTV局制作でありながら、興行的には失敗した
要素でもあるのであろう。
映画とは、そのバランスが難しいです。

詳細評価

物語
配役
演出
映像
音楽

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