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カナリア (2004)

CANARY

監督
塩田明彦
  • みたいムービー 132
  • みたログ 461

3.72 / 評価:121件

演出のまずさ

  • cyborg_she_loves_me さん
  • 2018年4月30日 16時31分
  • 閲覧数 401
  • 役立ち度 0
    • 総合評価
    • ★★★★★

 大学の映画サークルの自主制作映画を見てるみたいだったです。
 固定カメラをあまり使わずハンドカメラで撮影されたシーンが多いんですが、画面ブレが大きくて気分悪くなってきて、そのうちなんだかカメラマンがカメラ担いで後ずさりしてる撮影風景が見えてくるような錯角に陥る。
 盲目のおばあちゃんが折り紙するのを、由希が隣に座ってじっと見てるシーンを撮るのに、なんでカメラをあっちへ、こっちへとぐらぐら揺らしながら撮るわけ? 観客はどうしたって、そういうふうに動きながら折り紙を見ているカメラマンのことを想像せずにいられなくなるでしょうに。ここは由希の視点に固定したカメラで撮らないと駄目でしょうに。

 音楽はほとんどなし。主人公の光一の台詞もほとんどなし。そして、(教団生活を回顧するシーンを除いて) 7割ぐらいは登場人物は光一と由希(谷村美月さん)の2人っきり。つまり、無音か、背景音だけか、由希の大阪弁か、だけのシーンが大半なわけです。

 要するに、光一が、じーっとこっち見てるか、錐で石を彫ってるか、ぎゃーと言いながらそこらへんのもの壊してるか、というシーンばかりを見ながら、観客に光一の心の動きを想像させよう、っていう映画なわけですが、最初は反発してたカルト教団の教義を、やがて命がけで信じるようになり、それがまたそこから覚めてゆく、という途轍もない心の大転換に次ぐ大転換が、こんな何の台詞もない映像だけで表現できているとは私には到底思えません。
 要するに、教団を脱退した人たちと暮らしてるうちに自分が狂ってたことに気づいた、ってだけの話にしかなってないです。それじゃあ、「そっか、ま、当然だろうな」という感想しか残らない。何の感銘も受けない。

 たぶん、脚本書いた塩田監督の意図を色々推測してみるに、一緒に死んでもいいと言ってくれるぐらい由希に愛されたことが、立ち直る決定的なきっかけになった、と言いたいわけなんでしょう。
 だけど、じゃあ由希はなんでそこまで光一のことを好きになったのか、これ見ててもぜんぜんわかりません。昼食代だけ渡してさっさと別行動とろうとした由希が、なんで急に一緒に死のうとまで言うようになったのか。男に体売ろうとしたのをやめさせてくれたのがきっかけだと言いたいのかな。この映像だけではなんかよくわからないし、説得力ないです。

 「黄泉がえり」でもそうでしたけど、塩田監督、テーマとしては重くて、いろいろ考えるに値するものをたくさん含んだ物語を扱いながら、演出がへたですね。何か大事なことを表現したいらしいんだけど、ぜんっぜん訴えかけてこない。
 そんな映画です。

詳細評価

物語
配役
演出
映像
音楽

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