晴れた家

SUNNY HOME

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晴れた家
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作品情報上映スケジュールレビュー

作品レビュー(1件)


  • tis********

    5.0

    晴れた家、風の通る家、少ない雨。

    晴れは好きな天気だ。 曇りは嫌いではない。 雨は苦手だ。髪の毛がちりちりになるので外出したくない。だが部屋や車の中から雨を見るのは嫌いではない。 多くの「嫌いではない」という定義の曖昧な存在。 絶好調に好きなものは意外と少ない。殆どの物、人はこの「嫌いではない」のエリアに入ってくる。 トニー滝谷という映画、「好き」の部類でも絶好調の好きの部類。 このレビューを書く事により紹介され知った映画。どちらかと言えば「嫌い」のジャンルにいた映画。 恋愛、孤独。    単細胞の私は複雑な心理は持ち合わせていない。好きor嫌い。二種類。 おっさんになって理解できた「嫌いではない」 ずっと晴れていたという撮影現場と興味深いセットの組み方。 作品上でずっと吹いていた風は演出だと思っていたが、そうではなかった。 死を匂わせる場面や無風で感情が表にでない場面での髪のゆれ、ビールの注ぎ方で飲みっぷりを匂わせる役者のアイデア。 通常の映画撮影裏側ドキュメントでは「苦労」や「苦悩」を描き、作品の濃度を意図的に盛り上げようとするが、この映画は立派な一本の映画であった。 一つの原作に対し、撮影しながら役者が感情を投入し、セットの中で模索する。 監督は自分の解釈と役者の解釈に揺れながら演出を考える。 一つのヒューマンドラマだ。 残念な事に、トニー滝谷のプレミアムエディッションなるものを購入しないと観れない特典映画である。 なんともったいない事か。 インタビューもあり、得点の魅力満点。 そんな解説は「AMAZON」の中古にでもコメントすればいいだろ、と思われるかもしれないが、これはレビューである。 劇中で語り合った役者のように、一本の映画を語り合うことでまた映画が魅力を増す事がある。ある意味、語り合いたい人と語り合って初めて自分の中に重要な映画として残るのだと気付く。 「観た?」と聞かれ、とっさに 「観た。」としか答えずその場での話を続けなかった。 なぜなら、この話題だけでもう一度ゆっくり話せるのならばそうしたいと感じたからだ。 直感である。 トニー滝谷が感じた失ったものへの感情。 A子、B子それぞれが抱える孤独と愛情の向け方。 私はいつでも共有する時間中に出せるすべてを出し切ってしまう。おなかいっぱい、頭にある話題すべて放出の充満方だ。 少ない時間であれば、沢山数があったほうがうれしい。 多い時間であれば、濃度のより高い無駄のない時間であって欲しい。 カメラが右から左へ流れるように人々の人生も流れている。 同じ時間には戻らない。 監督がこだわった、何から次の場面にパンさせるのか。 始点となる部分、終点となる部分。 一つのパンの後、流れ行く前に繰り出される晴れた光景と曇った光景。 唯一の雨の光景、互いの泣きのシーンでは緊張感が走る。 晴れの日と雨の日、そのウエイトはどう考えても晴れが多いほうが私は嬉しい。 トニー滝谷という映画を追及して深く一場面一場面を観ていった。 重たくも感じ、優しくも感じる人生。 こういう映画をじっくり語り合う材料として、そして、創り上げた人々の思い、監督の映画への思い、それを観るには充分すぎる内容であった。 原作を読んでみると、監督がラストに付け加えたシーンがいかに重要かがわかった。 もしも最後が原作のままであれば、わたしはこの映画を「嫌いではない」エリアに入れていただろう。 このドキュメントが無ければ監督や演者の葛藤やこの映画に賭けた気持ちが勝手な解釈のままだったかもしれない。 購入して正解。本作を投稿してから三年。映画を観る目も少しは変わったのかもしれない。劇場へ足を運ぶ回数が減った。その分、過去を振り返る事が多くなった。色あせないこの作品に導かれるように。 いつかまたトニー滝谷を見る事があるだろう。 その時は、また違った解釈が現れるのかもしれない。 「いいことあるさ」 この言葉を聞くたびに雲が晴れて光がさし、青い空が見え隠れする。 力強い言葉だ。 トニー滝谷の人生が一瞬過ぎる。 「嫌いではない」 そこはけして面白い世界ではない。 流れるまえに、 好きをふやそう。 監督へ敬愛をこめて。

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