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ヴェニスの商人 (2004)

THE MERCHANT OF VENICE/Il MERCANTE DI VENEZIA

監督
マイケル・ラドフォード
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3.58 / 評価:174件

退屈についての簡単な考え

  • sun******** さん
  • 2007年7月6日 7時54分
  • 役立ち度 6
    • 総合評価
    • ★★★★★

映画でシェイクスピアを映画化すると映画演出の腕が測られるのだろう。黒澤明がまだマシなシェイクスピア影響作品を作っていたとすれば本国製作であるこの手の映画はきっと良い創りをしたのかも知れない。
 出来は最悪だ。もっとも今の時代に削ぐ合わないかもしれない。高利貸しの怖さや加害者被害者の心理戦などは竹内力「難波金融伝」シリーズのほうが劇としてわかり易いし、特に時折挟まれる女たちの話は一体なにを意味しているのか不明だ。むしろカットしても話が進む。
 たかだか借金の高利貸しが「お金返せなければお前の肉を貰う」という契約を相手と交わし「肉をそいでも良いが血はもらっては契約違反だ」という二行で終わる事柄をここまで伸ばしているのだからメンドクサイ。
 アルパチーノの懐疑趣味は「休日」や「リチャードを探して」を見るからに その世界に浸りたいのだろうか。映像の中で彼はどうしてか浮いて見られる。
 では今の時代に沿ったシェイクスピア劇とはなんであろうか?答えは簡単でブームや流行に沿った場を観客に与えるべきである。いくらCGが発達していてもコスチューム劇のイビツさは現代に慣れてしまった人々にとってはまずその場を解消しなくてはならない。
これは単にシネフィル(映画狂)たちが相手のことも考えずやみくもに素人に白黒の映像を進め、馴染めず苦労して苦い苦言で「おもろしかった」と返答するのと似ている。同様にコスチューム劇でその雰囲気を観客がキチンと溶け込めない蹴ればただの過去の作品としての認知しかない為、それで終わる。この映画はその線を字でいっており、けだるいテンポの悪い縁起、オーバーで映像に見合っていない役者達と映像。マイケル・ラドフォードはなに故にこの映画を選んだのか?と。
 現代にもそう普遍的な面白さを含んだ作品だとは、シェイクスピアの意味合いで認めるがだからといって、製作者たちが現代人にいちいち止め込めさせられない場を提供してしまうのはいかがな物かと思う。退屈はまさに溶け込めない状態を指すのだと改め思った一作だった。

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