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ダ・ヴィンチ・コード (2006)

THE DA VINCI CODE

監督
ロン・ハワード
  • みたいムービー 443
  • みたログ 1.1万

3.21 / 評価:3,666件

遺跡・美術館・博物館巡りがしたくなる

  • とみいじょん さん
  • 2019年5月6日 15時30分
  • 閲覧数 294
  • 役立ち度 2
    • 総合評価
    • ★★★★★

世界遺産巡りが流行っていますが、その遺産の成り立ち、造形の意味等を勉強してから訪れると、同じものがさらに豊かに語り掛けてくるんだなあと改めて思いました。行けばいいってもんではない。
 日本だって「よろこぶ(昆布)」「おめでたい(鯛)」等の言葉遊び的なおせちとか、引き出物に、日常生活にと、そして、神社やお寺も様々な意味を込めた意匠尽くしだし。


映画はぐいぐい押してきます。
コード・サイン・象徴の意味を解きながらの宝さがしや、
犯人探し
と、本当は幾重にも張り巡らされたミステリーのはずなのだけれど、
手掛かりをじっくり吟味する暇を与えずに、
能力者か?といいたくなるような技で、核心にせまっていきます。
きっと、原作をかなり端折っているに違いない。
そう、
映画だけでみると、強引な展開で決着させてしまいます。
キリスト教信者にはかなり評判悪いと聞きましたが、
彼らだけが評価を下げているわけではないでしょう。
”その”キリスト教信者が受け入れがたい部分だけのせいではないでしょう。
キリスト教信者ではない私だって、”物語”として面白がれるけれど、これを信じろと言われたら、あり得ない話ではないと思いますが、ツッコミどころ満載です。
う~ん、予告でかなり謎解きを強調させていたから、肩透かしでした。
モナリザも関係ないし。
そんな点が評価を下げているのでしょう。

とはいえ、漫然と見ていた教会や遺跡・絵画を、この意匠はどういう意味を持つのか、
絵画・建築鑑賞教室や本・DVDで知識を蓄えて、
遺跡・美術館・博物館巡りをして、自分なりの”物語”を紡ぎたくなりました。

というものの、
映画は、誰が味方で、誰が敵か、
名優たちの演技力のおかげもあり、楽しめます。
荒唐無稽に見える各説も、ほう、そんな見方ができるのねと、面白い。
  (マッケラン氏が語ると、うさん臭くも、一片の真実がと思わされる)
アメリカ人はアメリカ人らしく、イギリス人はイギリス人らしく、フランス人はフランス人らしいのもツボです。

それにしても、”神”や自分の”信念”のために、人を道具として使う奴はどこの世界にもいるものなのですね。
シラスの境遇に涙するとともに、シラスにも、心の中だけでだけれどシラスを思ってくれていた人がいて、ほっとしましたし、
  (そんな風に思えるようにシラスを演じたベタニー氏に魅入られる)
犯人逮捕の時は、「正義は勝!」って、グーサイン出してしまったほど、小気味いい(レノ氏本領発揮!)。


『天使と悪魔』といい、今作といい、教会の暗部をあぶりだすテーマ。
いや、”暗部”だけでなく、自分の信念・信仰の源に迫るテーマ。
信仰として言われていることは本当に正しいのか。
そもそも自分は何を信じて生きているのだろうか?
自分の存在とは?
けれど、惜しむらくは、映画は、信仰・信念への自問にも、自己の内面を見つめる方向にも向かっていません。
エンターテイメントとして、自分が大切にするものを守り抜くために、他者を犠牲にする姿を描き出します。
”神”という判断基準にすべてをゆだね、自己の行いをそれと比較することで成り立っている宗教。
考える力を手放し、”神”という他者責任に生きる人々。
その”神”を守ることが、”正しき道”となる。
”神”のために何をしたかが、自分が救われる道(栄光)となる。
そのパターンが、脈々と受け継がれ、今も行われている宗教戦争。
そんなふうに見えてしまうのは、私が特定の宗教に帰依していないからでしょうか?

キリスト教からの反発を回避しようとしたのか、
教授をカトリック寄りにする等原作との変更点もあると聞きました。
 全世界の人に見てもらうために、極力宗教的な逸話を排して普遍的なエピソードにした(DVD解説より)『ベンハー(1959)』に比べて、
 この映画は、人間というものに迫るドラマというより、スパイ映画ばりのエンターテイメントとして楽しめます。
 
(原作未読:原作の映画化は難しい。)

詳細評価

物語
配役
演出
映像
音楽

イメージワード

  • ゴージャス
  • 知的
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