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武士の一分(いちぶん)
2006年12月1日公開

武士の一分(いちぶん)

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3.0

藤沢周平と山田洋次と武士道

この作品は、私が今年最も期待をし、何をおいても必ず観たいと切望してきた作品でした。藤沢周平原作、しかも『たそがれ清兵衛』『隠し剣鬼の爪』と同じ山田洋二監督ということで、期待をしないわけにはいきませんでした。 結果はと言いますと、「可もなく不可もなく」といった印象でした。つまり、「普通」には楽しめる映画でした。ただ、よくまとまっていると思った一方で、これまでの山田監督作品と比べると、どうしても素晴らしい傑作とまではいえないようにも感じました。この点については、すでに山田時代劇の『たそがれ』や『隠し剣』を観たことのある観客と、この作品で初めて山田時代劇を観たという観客とで、かなり受け止め方に違いがあるのではないかと思います。 作品全体としては、原作に非常に忠実なストーリーだなというのが率直な感想です。もちろん、構成がシンプルになった分だけ、同僚藩士らとの関係といった人間模様があまり描かれていない印象はあります。ただ、実際には原作自体も短編であり、あまり物語に広がりがないので、これについてはあまり驚きませんでした。 あと、細かい点では、まず屋外ロケのシーンが明らかに減って、室内セットでの映像がほとんどでした。おそらくスケジュールの忙しい木村拓哉のことを考慮してそうなったのでしょうが、映像的には物足りない感じがしました。また、悪役のはずの坂東三津五郎がどうしても悪役にはみえませんでした。『隠し剣』のときの緒形拳ほどの「悪役臭」のようなものを発揮できていないように思いました。 それと一番気になったのが、木村拓哉の東北弁訛りやセリフの軽さです。『たそれが』の真田広之や『隠し剣』の永瀬正敏と比べると、どう贔屓目にみてもやはり下手でした。かなりがんばっていたのは認めますし、それなりに健闘もしていたとは思います。ただ、あくまでも「比較」の上では全然駄目でした。各種インタビューで「超スゲー」とか「まじヤバイ」といった言葉を使っている人間の「軽さ」のようなものが、セリフの端々に現れてしまっていたと思います(もっとも30代半ばにもなって、インタビュー等であのような言葉使いができることにも驚きますが)。 何だか酷評っぽくなってしまいましたが、冒頭にも書いたように、それなりに楽しめる映画です。個人的には、決して駄作というほどでもないと思います。ひょっとすると、これが初めての時代劇という人であれば、結構楽しめるのかもしれません。 あと、以下は、個人的な雑文です。 藤沢周平について まず前提として、時代劇を題材にした小説には2種類あります。歴史的な英雄などを扱うことの多い「歴史小説」と、架空の主人公を登場させることの多い「時代小説」です(前者を代表する作家が、吉川英治や山岡荘八あるいは司馬遼太郎といった面々で、後者は山本周五郎や藤沢周平、池波正太郎らが挙げられます)。 そして、時代小説の寵児・藤沢周平の最大の特徴が、日の当たらない下級武士にスポットを当てることが多かった点です。時代小説の多くが『銭形平次』や『鬼平犯科帳』のように、いわゆるヒーロータイプの主人公を扱うことが多かったのに対して、藤沢作品では、一貫してあまり目立たないタイプの主人公が描かれてきました。そして、この映画『武士の一分』の原作である「盲目剣谺返し」も、その流れを受け継いでいます。 山田洋次について 山田監督は、代表作の『男はつらいよ』シリーズや、比較的最近の『学校』シリーズなどにみられるように、歴史的英雄を一切描きません。常に市井の人の日常を描くことに拘ってきた人です。それゆえ、時には人間ドラマとしての抑揚が足りないと言われることもありますが、実際には、日常で起こる「一瞬のきらめき」のようなものを描くことにかけては非常に長けていると個人的には感じています。 そして、何よりも今回のような藤沢作品を映画化する際には、打って付けの監督だと思います。いうまでもなく、監督自身が藤沢周平と全く同じようなスタンスでずっと映画を撮ってきた人だからです。 武士道について この映画で使われている「一分」とは、「命をかけて守るべき名誉・面目」だそうです。すなわち、自分の信念が犯されそうになれば、命を賭してでもその道(筋)を押し通さなければならないという考え方でしょうか。 無論、現代の我々の価値観では到底許されるものではありませんが、当時の武士にそのような生き方が許されたのは、おそらく武士という身分が「いざとなれば一切の弁明をせずに責任をとる(つまり切腹する)」という覚悟と表裏一体にあったからだろうと思います。実際、忠臣蔵や新撰組などの人気が未だに衰えないのも、まさに「生」と「死」が直結したその関係性、もっと言えば「武士の潔さ」に、多くの人が共感してきたからだと思います。 以上

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