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ココシリ (2004)

KEKEXILI: MOUNTAIN PATROL

監督
ルー・チューアン
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4.15 / 評価:61件

ココシリにおける自然

  • lamlam_pachanga さん
  • 2011年3月15日 2時08分
  • 閲覧数 1039
  • 役立ち度 5
    • 総合評価
    • ★★★★★

一義的に映画は物語であるべき。と言うのは、私の勝手な持論。映画の側面には作家主義と商業性の綱引きがあることは知っていますが、どちらでもいいので、私は映画に物語であることを何よりも求めます。

ですが、同時に映画は特異な映像体験でもあると思っています。映画館と言う限定された空間の中で、そのスクリーン用に設計された映像を浴びる体験でもあります(だからTV画面では本当の意味で映画を観た(体験した)とは言えないはず)。

この『ココシリ』は、後者の意味で圧倒的な映画です。監督・脚本を担当した陸川(ルー・チュアン)は、商業映画処女作の『ミッシング・ガン』で、主人公が生きる世界の暗転を新人らしからぬ大胆な演出で見せた人。如何にも第六世代らしい個人主義を押し出しながらも、たった一言の台詞で物語世界の奥行きを拡げてしまったりと、脚本家としても素晴らしい才能を感じさせてくれました(映画自体は面白くないですけどね)。

題名の『ココシリ(可可西里)』と言うのは、中国青海省に位置する標高4700?の青海高原のことです。1990年代前後から、欧米における最高級毛織物としての需要増に伴い、この地域に生息するチベットカモシカの密漁が本格化し、生息頭数が100万頭から1万頭へ激減したことで国際社会の注目を浴びます(欧米得意のマッチポンプみたいで気に入らないんですが)。

さすがに中国政府も取締りを強化しますが、あまりに広大な狩猟範囲に成果は挙がらず、93年には地元・有志による民間パトロール隊が組織され、密猟者との死闘を繰り広げることに(因みに初代・二代目の隊長は共に密猟者に殺害されている)。

『ココシリ』は、この実話について綿密な取材を続けた陸川が脚本化し、実際にココシリへ赴き、およそ半年間の撮影を経て完成した映画。その映像には、大自然の迫力だとか、雄大な映像美だとか、そう言った表層的な部分を超越した圧倒的な説得力が備わっています。それはつまり、ただひたすらに荒涼たる自然としてそこに広がるココシリの姿なのです。

物語は、上記の通り民間パトロール隊と密猟者の闘いを描くものですが、映画には直接的な両者の闘いはほとんど登場しません。陸川が描くのは、ココシリ(自然)へ足を踏み入れた時点で、闘いの相手はココシリ(自然)であると言う現実です。そして、その相手は恐ろしく無慈悲なものとして描かれます。

ここで重要なのは、本作において、陸川が要らぬ感傷の一切を排した演出をしていると言う事実です。本作には、全編を通じて劇映画にありがちな誇張を感じることがありません。これはニュース映像なのかと見紛うほどの冷徹さを貫く画面からは、観客の安易な感情移入を許容しない厳しさすら漂います。

本作は、決して面白い映画ではありません。大ロケーションを敢行しているのに、映画には手に汗握る闘いはなく、心を揺さぶるドラマもない。陸川はココシリと、ココシリに生きる人間の姿をカメラに捉えているだけ。

チベットカモシカを護ろうとする有志のパトロール隊の姿も、生きるために密猟者の手伝いをする老人の姿も、大金欲しさにチベットカモシカを狙う密猟者の姿も、そしてココシリも、この映画に映る全てはそこにある「自然」でしかありません。

本作終盤、陸川は、一発の銃声でそれを浮き彫りにしてみせます。

その圧倒的な説得力が胸に辛い、凄まじい映像体験です。

詳細評価

物語
配役
演出
映像
音楽

イメージワード

  • 恐怖
  • 勇敢
  • 絶望的
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