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佐賀のがばいばあちゃん (2006)

監督
倉内均
  • みたいムービー 92
  • みたログ 788

3.76 / 評価:260件

特別 ガバイ ことはない。皆、こうだった。

  • 百兵映 さん
  • 2016年1月22日 12時09分
  • 閲覧数 612
  • 役立ち度 1
    • 総合評価
    • ★★★★★

 ま、この程度の『がばいばあちゃん』はいくらでも居た。そして、こういう境遇の少年も決して珍しいことではなかった。戦後の混乱期、少年たちはほとんどこのような状況に置かれていた。「かあちゃん」の踏ん張りだけでは立ち行かず、爺ちゃん『ばあちゃん』の助けがなければ生きて行けなかった。その点、この少年には『がばい』『ばあちゃん』がいてくれて大いに助かったはずだ。同時代・同地域に暮らした同世代人だから良く分かる。

 ま、この程度の映画はいくらでも作れる。この時期を生き延びて、一応の社会生活・家庭生活のピークを越えて初老の域に達して、ちょっと一息できるところで、少年時代の「あの時」「あの人」「あの場所」を振り返れば幾らでも甦って来る場面がある。それをエッセイ風に重ねていけば、テレビの連続ドラマ程度にできる。一本筋を通し、幾らかの膨らみを持たせれば、映画になる。誰にだって映画作品が作れる。公開はしないまでも記録に残したい人たちは多い。いわゆる“自分史”だ。

 本作の場合、自分史の中心軸を『ばあちゃん』にすり替えたところに巧みさがある。ばあちゃんの名言集。「空腹は気のせい」、「川はスーパーマーケット」、「辛いことは夜に考えない」、等々。婆ちゃんの、「あの日、あの時、あの一言」。

(柳川の壇平橋と並蔵が出てきたのには驚いた。ここは、柳川で子ども時代を過ごした私の校区だ。とても、少年が佐賀城からマラソンで走れる距離ではない。柳川は(間に大川を挟んだ)福岡県だ。でも、これが嘘っぽくないのが不思議だ。この「名言集」の各断片を一本につなぐ軸のひとつが川にしてあるところがミソだ(並蔵は地元で有名な鶴味噌醸造所の蔵)。佐賀平野から柳川の辺りまで、クリークが縦横に走っている。ちなみに、私の小学校の校歌は郷土の北原白秋先生の作詞によるもので、♪ 水の街柳河…… で始まる。今考えれば、洋七少年とは「あの頃」、「あの人たち」、「あの辺」の水・川・空気・人と共生・共有していた訳だ。)

 ご同輩、記憶が薄れないうちに、自分史を留めておこうではありませんか。夜ではなくて昼の間に思い出しながら……。

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