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バベル (2006)

BABEL

監督
アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ
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  • みたログ 1.5万

2.94 / 評価:3,690件

アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ!

  • hoshi595 さん
  • 2019年3月4日 2時59分
  • 閲覧数 502
  • 役立ち度 2
    • 総合評価
    • ★★★★★

短いタイトルに思いを凝縮させる点では「21g」と同じである。レビュータイトルのスペースにやっと入る程長い名前のメキシコの映画監督だが、視点が変わっている。本作品の「バベル」は、旧約聖書の中の「創世記」に登場する巨大な塔の名前が由来である。それでは監督は何が言いたかったのか?

主演は、3大陸4言語が登場する物語なので群像劇のように定まっていない。舞台はモロッコ、アメリカ、メキシコ、日本と広範囲だが、共通点は何れも子供が絡んでいる事。連鎖するかのような展開は、推理小説などでお馴染みの手法だから、最初はスケールの大きなクライム・アクションかと思ったが違った。

内容は”ネタばれ”になるので触れないが、もし別の題名を付けるなら「暴走」も候補になるかもしれない。夫婦役で登場するブラッド・ピットとケイト・ブランシェット。親子役で登場する役所広司と菊地凛子。メキシコ人の使用人とその甥役で登場するアドリアナ・バラッザとガエル・ガルシア・ベルナル。

そして、モロッコの兄弟に象徴される”あり得ない事件”などなど・・・それぞれ一見無関係のようだが”危うい”点で一致している。そもそも神に近づこうと高い塔を建てたのを”過信”と判断し戒めるため通じない言語にしたのが、世界に存在する異なった言語の説明のようだ。

それでは現代における「過信」とは何か?それは”家庭崩壊”や”身勝手”に象徴される自己中心的な生き方かもしれない。他人への”思いやり”に欠ける世相を嘆いているのは監督ではなく神であり、近くにいても心が通じない有様を悲しんでいるように思えてならない。

そんな事を心に浮かべながら見ていたのだが、本作品の意図するところは”問題提議”であり、答えは示されていない。それぞれの物語に登場する役者の演技力が優れているのは認めるにしても、この後味の悪さはどこから来ているのか?元をたどっていくと”バベルの塔”にまで遡ってしまいそうな”空虚”さを感じた。

詳細評価

物語
配役
演出
映像
音楽

イメージワード

  • 切ない
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