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愛の流刑地 (2006)

監督
鶴橋康夫
  • みたいムービー 372
  • みたログ 1,485

3.25 / 評価:736件

身勝手な作家のお話…そこそこ面白いです。

  • nqb******** さん
  • 2012年2月2日 0時36分
  • 閲覧数 2309
  • 役立ち度 2
    • 総合評価
    • ★★★★★

あまり期待しないで観に行ったので、こんなものかなーという気がする。どうしても寺島しのぶに魅力を感じる事が出来なかった。単に好みの問題なのかもしれないが。豊川悦司のお尻がよかった。

 究極の愛の果てとか謳われてるが、実に身勝手な作家の話だ。売れない作家がネタ作りのために人妻に近づく。人妻は本気になるが、作家は口では愛しているというものの結婚するつもりなどサラサラない。作品を書くために人妻と情事を重ねる。耐え切れなくなった人妻は「殺してくれ」と懇願するようになる。そしてお望みどおり殺してしまうという話だ。作家という生き物は作品を世に出すためなら何でもするんだなーというのが感想だ。

 冬香(寺島しのぶ)が「私のために…死ねますか?」と問う場面で、冬香は全てを知ってしまったわけだ。「この人は夫や子供全てを投げ出して胸に飛び込んで行っても受け止めてくれはしないのだ」と。だからこその「私たちの子供」なのである。

 それでも、体は反応してしまう。本当のおんなの喜びを知ってしまったからには、夫には触れられたくはないのだ。破綻は目に見えている。

 要は狡猾な作家に弄ばれ性の極みを知ってしまった純粋な人妻が引き裂かれるというお話を究極の愛というオブラートに包んだものだ。騙される人いっぱいいるのだろうなぁ。

 とはいうものの私はこの映画をそこそこ面白く観る事が出来た。それは豊川と寺島が会う場面になると必ず画面に現れる「映り込み」の描写が面白かったからに他ならない。主にガラスの反射を利用して二人が絡むシーンになるといろんな物が画面に入り込んでくる。それは人物だったり、風景だったり、時に桜だったり様々だ。これは二人の関係が社会的にいろんな事を引きずり純粋な恋愛にはなりえない事を暗示しているのだと思った。「映り込み」は通常、邪魔なものだ。ベッドの上でただ二人だけ、お互いの性を貪るように見せながら、その実彼らはいろいろな物を引きずっているのだ。それは良い作品をモノにしたいという考えだったり、夫や子供への罪悪感だったりするのだろう。うまい演出だと思った。
 その証拠に、この演出はこの映画のサブキャラである長谷川京子の恋愛の場面でも使われている。

 こういう愛の形もあるのかーなんて納得するのは大間違いだと言っておこう(笑)

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