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カメラになった男 写真家 中平卓馬 (2003)

監督
小原真史
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5.00 / 評価:1件

「写真=自意識の解体と再生」を体現する男

  • A/Y さん
  • 2021年4月18日 15時28分
  • 役立ち度 0
    • 総合評価
    • ★★★★★

中平卓馬という男、謎だらけだ。だがすさまじく(写真に対して)誠実であり、無垢であり、むちゃくちゃに開けっぴろげな人だ。
佇まいがケモノのようにかっちょいい。
ショートホープの箱に赤いペンで日記を書いている。

中平卓馬の謎とは、写真の謎だ。
中平卓馬の開けっぴろげとは、写真の開けっぴろげだ。
そんなことを感じる。

ボソボソとした話し声でうまく聞き取れないところも多々あるが、そういう場面でも、シーンに漂う空気感から何かを掴み取ろうとする(観る側、いや、私は…)。むろん、決して100%は掴み取れないが、しかし文言を聞き取れたとて、それで100%「掴んだ」と言えるのかどうか…、といったことまで考えさせられる…。これもまた、「写真」と無関係ではないことである。「写真」を100%理解することなど不可能である。「写真」とは、かような意味において謎であり、かつ、開かれ続けている。

記憶喪失になった中平がなぜ沖縄に惹かれていったのかも、空気として伝わってくる。彼を迎える沖縄の人々がとてもいい。が、実際は「空気」などといったフワッとしたもの以上に、沖縄/琉球という土地が、「記憶の解体/忘却」を絶えず迫られ続ける歴史とともにあり、かつそこからの「再生」を切実な問題として抱える土地だということ。中平は「写真とは、自意識の解体と再生」であると語っているが、ここで写真・中平・沖縄が、どことなくダブって見えるような気もしてハッとする。

「ラジオのように」(ブリジット・フォンテーヌ)ならぬ、「カメラ(写真)のように」…、中平卓馬。
たまに写真集を開くように、時折、見返すような映画。このドキュメンタリー映画もまた、日記のように中平卓馬を「記録」する。

本編とは関係ないが、荒木経惟の声/話し方って、立川談志と似てるなぁと、はじめて思った。どっちも江戸っ子だしなぁ。

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