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今宵、フィッツジェラルド劇場で (2006)

A PRAIRIE HOME COMPANION

監督
ロバート・アルトマン
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3.76 / 評価:176件

解説

『ショート・カッツ』などの巨匠、ロバート・アルトマン監督の遺作となった極上の音楽コメディ。30年あまり続いた音楽バラエティショーが放送を終了する最後の夜の様子を、流れるようなカメラワークでみせる。実際、長年ラジオ番組の司会を務めてきたギャリソン・キーラー本人が舞台を盛り上げ、『プラダを着た悪魔』のメリル・ストリープらが美声を披露。さまざまな人間模様がからみ合い、最高のハーモニーをつむぎ出すラストは圧巻。

シネマトゥデイ (外部リンク)

あらすじ

ミネソタ州セントポールのフィッジジェラルド劇場では、ラジオの公開生放送が始まろうとしていた。司会者のギャリソン・キーラー(ギャリソン・キーラー)や姉妹のカントリー歌手ロンダ(リリー・トムリン)とヨランダ(メリル・ストリープ)らおなじみのメンバーが続々楽屋入りする。だが、その晩は長年続くラジオショーの最終日で……。

シネマトゥデイ (外部リンク)

映画レポート

「今宵、フィッツジェラルド劇場で」ロバート・アルトマンは最後まで役者をそそのかした

 なるほど、「今宵、フィッツジェラルド劇場で」には、死や終末の匂いが強く立ち込めている。公開番組は最終回を迎えた。劇場は間もなく取り壊される。白いコートを着た死の天使も現れる。老歌手は楽屋で静かに息を引き取る。歌手たちは声を合わせて「急いで別れを告げないで」と歌う。そしてなによりも、これはロバート・アルトマンの遺作だ。

 が、だからといって「挽歌」の趣きばかりを見いだそうとするのはつまらない。「今宵」には、穏やかな皮肉や骨太の笑いもずいぶん仕込まれている。フェリーニ映画に通じる祝祭的な空気も漂っている。それを可能にしたのは、役者の力だ。急いで付け加えると、「アルトマンにそそのかされた」役者の力だ。

 たとえば、メリル・ストリープとリリー・トムリンの扮する姉妹の姿を思い出してみよう。通常、ストリープは白黒のはっきりしすぎた芝居をする。うるさいほどに露骨な感情表現をする。ところが、この映画の彼女は、鈍さを線の太さに変える。うるささを頼もしさに変える。感情の表出は歌に託し、受けにまわったトムリンとぶっきらぼうなやりとりを交わす。トムリンは、持ち前のタイミング感覚で短いカウンターを打ち返す。すると、空気が変わる。「祝祭と挽歌」のユニットがひと組誕生する。ユニットは、ほかの場所でも生まれる。アルトマンは、役者を信頼しつつ、複数のユニットを楽しげに組み合わせていく。だからこそ「今宵」は味わい深い。「おもしろうてやがて悲しき」映画というよりも、「せつないが楽しく」、どこか未来を感じさせる映画になっている。(芝山幹郎)

映画.com(外部リンク)

2007年3月1日 更新

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