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ザ・ライド ハワイアン・ビーチ・ストーリー (2003)

THE RIDE: Back to the Soul of Surfing

監督
ネイサン・クロサワ
  • みたいムービー 26
  • みたログ 56

3.92 / 評価:26件

ザ・ライド ハワイアン・ビーチ・ストーリ

  • My Knowledgh さん
  • 2008年8月5日 15時33分
  • 閲覧数 322
  • 役立ち度 5
    • 総合評価
    • ★★★★★

 若くしてサーフィンのワールドチャンピオンになったデビッドは、メディアやファンにもてはやされて、スター気取りに振舞っていた。
 そんなある時、オアフ島・ノースショアで開催されたサーフ大会に、優勝候補の筆頭として出場するが、 バランスを崩してワイプアウトをしてしまう。
 レスキューがジェットスキーで救出に向かうが、そこには姿かたちも見当たらない。

 意識を失って海中へと沈んでいった彼を救ったのはレスキューではなく、ある壮健な青年だった。
 浜辺に引き上げられて九死に一生を得たデビッドは、目覚めると信じられない場所にいた。
 そこは1911年のワイキキビーチだった!!彼はなんと時空の波に飲み込まれて、およそ 100年前のハワイにタイムスリップしてしまったのだ。
 デビッドを海中で救ってくれた青年は、後に「サーフィンの父」と讃えられる英雄・デューク・カハナモクだったのだ。
 デビッドは現代とかけ離れた木製のボードに悪戦苦闘しながらも、デュークらと共にクラシックスタイルのサーフィンをするうちに、ビーチボーイズの一員として認められるようになっていった。

 また、デイビットはレフアという女性に出会い、2人は一瞬のうちに恋に落ちていくことになる。ナチュラルでな風貌で、向上心と優しさを持ち合わせた魅力的なレフア。
 彼女だけは、デビットが語る未来の話を信じて聞いてくれていた。オアフ島の豊かな自然に抱かれ、互いの事を語らいながら時間を過ごすうちに、2人の心の距離も自然と近づいていく。

 そんな中、デイビットにノースショアの大波に挑戦する話が持ち上がり、再び大波に挑戦することになるが・・・・・

 本名:デューク・パオア・カハナモク。 1890年8月24日ハワイ・オアフ島のホノルルで、警察官の家庭に10人目の子供として生まれる。後にオリンピック選手として世界中にその名を知らしめることになるデュークは、幼少時代より海で遊び、様々なことを学んだ生粋のワイキキ・ビーチボーイ。「ビーチボーイ」とは現在ではハワイの各ビーチを管理する自治組織だが、その当時はデュークのような海で育った青年たちを指していた。彼はそのリーダー的存在であり、「ビーチボーイ」組織のパイオニアだ。

 映画の舞台である 1911年当時、周囲で彼より速く泳げる者は一人としておらず、その噂はビーチボーイのコミュニティに止まらず、周辺の漁師やコーストガード、果ては米海軍にまで広がっていった。彼は1912年のストックホルムオリンピックに22歳で初出場を果たし、100m自由形アメリカ代表として金メダルを獲得する。その時のタイムは、なんと当時の世界記録を3秒も上回る素晴らしいものであった。そしてその8年後の1920年にも、アントワープオリンピックに出場し、金メダルを獲得。その2個の金メダルを含めて、彼は生涯で合計5個のオリンピックメダルを獲得している。

 しかしデュークが英雄として讃えられるのは、競泳選手としての華々しい活躍によるものだけではない。彼は競泳選手として世界中の大会に出場する一方で、あらゆる土地の海で見事なサーフィンを披露している。そしてこれが、サーフィンが世界中に広まっていく切っ掛けとなったのだ。彼が「近代サーフィンの父」と称される由縁である。

 デュークは 1968年にその生涯を閉じたが、その後も英雄として人々の記憶に残り続けた。そして生誕100周年の記念には、サーフボードを背にしたデュークの銅像が建造された。世界有数のリゾート地であるワイキキビーチの中心に、「近代サーフィンの父」と称された真のウォーターマンの銅像がある。海をこよなく愛した英雄の魂は、今もなおビーチを見守り続けている。

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