2007年5月26日公開

ひめゆり

1302007年5月26日公開
ひめゆり
4.3

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作品情報上映スケジュールレビュー

作品レビュー(50件)


  • c********

    5.0

    第一級のドキュメンタリー作品

    沖縄の「ひめゆり学徒隊」の生存者の方たちによる当時の証言を主体としたドキュメンタリー作品です。 戦場の最前線に放り込まれた当時10代後半の女性がその場で見たこと感じたことを語ってくれています。政治的な話はありません。体験を語っているだけです。 作品がとても丁寧に作られているという印象で映画作品のひとつとしてオススメします。 この作品は生存者の方の意向でテレビやネットでの上映やDVDなどの媒体での販売は行わずシアター上映でしか観ることができないそうです。お見逃しなく。

  • mkn********

    5.0

    結局、個々人の意思と誰と行動したか。

    第二次世界大戦については、まだ生存者もいることから感情的なしこりがあって、冷静な議論がしにくい面がある。 特に沖縄県民は47都道府県の中で唯一軍官民一体となって戦い、この時、完全に日本人であった、少なくとも他の都道府県民よりも日本人的だった。 「沖縄県民斯ク戦ヘリ」とはそういうことなのだ。それは軍国教育の結果なのだろうか?否。自分に所縁のある土地、共同体、人々を守ろう、守りたいという感情は、社会的動物である以上、多くの人が持つものである(「個人第一」で家や社会への意識が薄まりつつある現代では考えられないだろうが。)。 教育の成果であるならば、壕を脱出する時に先生から「早まったことはするんじゃないぞ」と言われたことも墨守するはずだ。 沖縄戦については、とかく軍が悪玉にされてきた。しかし、映画では壕から住民を追い出す兵隊もいれば、女学生が自決幇助を懇願した時に「僕には君達を殺せない」と言った兵隊、壕を囲まれた時に女学生に対して「君達は非戦闘員だから投降しても大丈夫」と言った兵隊もいた。また、最後に流れる「別れの曲」は日本軍将校が作詞したものだ。そう、結局、人なのだ。 同じ場所にいても、「殺してください」と言った人と「撃たないで」と言った人が、手榴弾を爆発させて自決した人と、手榴弾のピンを抜かなかった人がいる。 それを十把一絡げに「軍の命令(教育)の結果~」と言うのは、在特会の「在日朝鮮韓国人は~」、反基地活動家の「在日米軍がいるから~」というのと同根である。 「アメリカ軍は捕虜をとらない。男は殺され、女は辱めを受ける」と言われていたが、映画に出てきた人達について言えば、そんなことは無かった。しかし、沖縄に限らず、連合軍兵士による捕虜・住民虐殺があったことは事実であるし、戦後、沖縄初め連合軍が駐留した先々でレイプ事件が起きたことを考えれば、当たらずと言えども遠からず。しかし、これにしても虐殺や強姦をしたのは人であり、何かしら名前を持った個人である。 それを「軍が~」などとまとめて言ってしまうのは、「軍は悪で、住民はあくまでも被害者」という主張を守るためなのか知らないが、問題の根源を見えなくし、責任の所在をかえってあいまいにし、ひいては史実を曲げる行為にもなりかねない。 この映画は、そのような幼稚な歴史の見方をしない。女学生の体験を史実を織り込みながら、余計なイデオロギーを排して淡々と映している佳作である。

  • stu********

    5.0

    秀逸な映画、画評を貶めかねない沖縄活動家

    柴田監督は「沖縄から米軍基地が無くなったら中国に侵略されると言う人がいるんですが、本当にそうでしょうか?」という発言はするが、常識的でマイルドな思考の人のように感じた。 映画の作りも丁寧で、従来の、とにかく「日本軍」を悪玉とする一面的で偏った沖縄戦評価とは一線を画している。個々の証言者にはそれぞれ色があるのだろうが、そういったものをあまり出すことなく、「経験したこと、その時思ったことを教えてください」という純粋な気持ちで映画が作られている。 問題は観る側。上映後の監督との質疑応答で、質問や感想を述べたのは大体「沖縄活動家」と思しき面々。それも質問というより、自らの政治的主張が主だ。 ◇中年男性 この1年の政治状況を見ていると息子を日本で育てたくない。日本の政治家はこの映画を観るべき。政治家はこの映画を観ているのか? ◇中年女性 今、道徳の授業を新設して国家のために犠牲となることを教えようとしている。そんな中で政治家が見ても「犠牲になってくれてありがとう」と思うだけなのでは。 彼等は映画をちゃんと観ていたのだろうか?この映画から上記のような「質問」や感想が出てくることがまず驚きだ。まるで付け足しのような質問・感想。単に自分達の主張に都合の良さそうなこの映画を利用しようとしているだけなのではないだろうか? 彼等は政府を批判するが、彼らもまた沖縄を時には盾とし、時には矛として利用している。彼等の政治活動の道具として利用される沖縄ぞ哀れなり。 柴田監督も彼等には、かなり慎重に言葉を選んで返していた。 『ひめゆり』のDVDは悪用を防ぐ為に出さないと聞いたが、その判断は正解だ。

  • mpg********

    4.0

    証言集のドキュメンタリーNo.1作品

    [50代男です] 沖縄戦での、ひめゆり隊の生存者たちのインタビューだけで構成されたドキュメンタリー。 まず、証言するすでに高齢の彼女たちがみな、非常に頭がよく、理路整然とした素晴らしく聴きごたえがある話を聞かせてくれることに驚いた。 それはただの体験談なのだが、これまで他で聞いたどんな兵士たちの戦争体験の話よりも、引き込まれ、ただ言葉を聞いているだけなのに、映像は証言者の姿を映すか現在の沖縄の風景を映しているだけなのに、彼女たちの見た光景が目の前に広がり、脳裏に焼き付くような生々しさがある。 戦争体験の証言だけのドキュメンタリーなんて、暗くて見る気がしない、なんて思っている人も、これは観て欲しい。 これを観た時間は、たんなる悲惨な話を聞かされた時間ではなく、証言者たちとともに、リアルに当時の現場を体験したかのような視聴感が残る作品になっているのだ。 本当にこの証言者たちは凄い。

  • tms********

    5.0

    ネタバレ是非、観てほしい。

    このレビューにはネタバレが含まれています。
  • やふたろう

    5.0

    『素晴らしい映画を観』ることができました

    ヘビーレビュアーでいつも的確なレビューを投稿していただいている「素晴らしい映画を観たい」さん絶賛の作品でしたので“こりゃ、間違いない”と勝手に気負いながらポレポレ中野へ。ここは前身《BOX東中野》。メッセージ性が強く、通常の映画館では絶対に公開の出来ないインディーズ系、ドキュメンタリー系作品を上映してきたコヤであり、そのDNAはポレポレになっても受け継がれている。入るにはほんのちょっとの勇気が必要な映画館である。 手元に「公式ガイドブック ひめゆり平和祈念資料館」がある。映画館はもとより、美術館や記念館、資料館など暇さえあれば各地に出かける身であるが、パンフレットやガイドブックを購入することは経済的(笑)にも書庫の問題からも殆ど無い。それにもかかわらず7年前、沖縄の地を訪れた時にこのガイドブックを思わず購入した心情を、この映画を観て鮮明に思い出した。 その時はリゾートホテルに宿泊し、同行者達がゴルフに参じる中、一人でレンタカーを借りて南部激戦地を辿り数ある石碑を見て廻った。多くは「陸軍大将戦没碑」であり、住民の悲惨さを伝えることなく“勇敢に本土突入を遅延せしめた殊勲を称える”碑が多く建てられていたイメージが強い。ここでも戦犯礼賛か!と悲観していたが、最後の立ち寄りで《ひめゆり祈念館》を訪れた時、遂に自分の求めていたものを探り当てた。その多くの資料に観る悲惨さは想像を絶するものであった。語り部のご老人が一生懸命に当時の状況を語ってくれた。当時の日本の軍部方針に震えるほどの怒りを感じた。「申し訳ないが、沖縄に建てられている軍人を称えている石碑は必要ない」などと。沖縄を離れ数週間後に吉永小百合主演『あゝ、ひめゆりの塔』を観た。勿論★5.の作品である。 ひめゆり祈念館に足を踏み入れた時に感じた“リゾート地・沖縄”と“激戦地・沖縄”のギャップ感。さらには、修学旅行で社会見学をしている高校生達が語り部の話を真剣に聞かず、笑いながら通り過ぎていく現実。このような感想を投稿したところ拙文が祈念館の《感想文集》に採り上げられた思い出がある。内地から沖縄に修学旅行に来る学生の殆どは観光気分で、このような惨劇の事実を目の当たりにしたくはない気持ちもわかる。だからこそ、この事実を語り継いでいく彼女達の存在が貴重なのだ。ひめゆりの語り部達も既に80歳前後の高齢。このドキュメンタリーが将来もひめゆりの惨劇を語り継いでくれるのでしょうが、余りにも《観させる機会》が少なすぎますね。 長編のドキュメントであり22人の証言者が淡々と言葉を紡いでいく。「公式ガイドブック ひめゆり平和祈念資料館」と重なる部分が多いが、実際に現地を訪れ当時の惨状を語る彼女達の映像は極めて貴重であり、胸を打つ。いわゆる【解散命令】後の悲劇は、正に“「忘れたいこと」を話してくれてありがとう”。最近、特攻物の映画作品が幾つか公開されて賛否を呼んでいるが、この『ひめゆり』が語る真実は他を圧倒する。 それでも所詮、ドキュメンタリー。どうしてレビュアーの「素晴らしい映画を観たい」さんがここまで推薦するのかと答えを模索していたが、ラスト証言者の本村さんが永遠の同級生達に誓っていた言葉・・・これを観るに及んでその理由を理解した。恥ずかしながら溢れ出る涙をこらえる事ができなかった。レビューの感想がなければ絶対に観る事のなかった作品であったので、的確な感想を伝えて頂いた3名のレビュアーに感謝。宮本亜門さんの言葉を借りて私もこの映画を皆さんに推薦する。 私の一生のお願いです。「ひめゆり」を観てください。 出来れば世界中の人に観てほしいのです。 次の世代に伝えてほしい、現実を感じてほしい。 心がここに詰まっているからです。 「ひめゆり」の中で話してくれた方々に心からお礼を言わせてください。  「本当にありがとう」 その想いを胸に僕も生きて行きます。感謝。               宮本 亜門(演出家)

  • nya********

    5.0

    ネタバレ語れども語れども語り尽せぬ…

    このレビューにはネタバレが含まれています。
  • oio********

    5.0

    伝わってくる、『共に感じる』作品。

    戦争は国の喧嘩だから、と。 そう教えられ、総ては全世界の、または国と国の調和の為に、その目的を為すことであって。 私たちはその国民であって、だから国として戦争とはどうかなにか…、と語り語られ永い事きていたね。 だからか…、どこか他人事だった。 国の責任を一個人がどう取ればいいのか、そんな事神様じゃないんだから、やはり国が決めたことを個人がとやかく言えないじゃないかって。 例えば昔観た戦争映画たち。 余りに悲惨でドラマチックで…、今を生きる現実と掛け離れた世界だった。 それがどこか共感し難かった気がした。 まるで通り過ぎた台風を遠くから見て、『あれが来なくて良かったねぇ』って、今の生活が無事でよかったねって。 そう、せいぜいが、昔のヒトが戦争でがんばったんだから、今の私たちがあるんだよね…みたいに。 感謝しているようで、実は全く浅い、そういうもんだよといった繰り返しの情報に刷り込まれて生まれた常識みたいなもので。既に当たり前にそこにあるものに有り難みは感じ難い、そう、どこかやっぱり他人事。 だって、修学旅行で見学した広島の原爆ドーム。 その日は雨で、新しく買った折りたたみ傘が風で簡単に折れてしまったり、 友達とのおしゃべりに夢中だったりして殆どその場の事を覚えてもいない自分だった。 そんな風にヒトは自分で思っている以上にアホで愚か者なんだよねぇ…恥ずかしい。 何で判らないの?って、それは当時の自分を思い出せば一目瞭然なんだよね。 そんな風に、やっぱりヒトって完璧じゃないし、 本気にならないとどうにも判らない事って沢山あって、 そもそもがそんな、お馬鹿なんだなぁ~と、甘く擁護(笑) そうして、でも。 このトシになって…。 いや、この時代になって…かな。 やっと、何か引っ掛かるようになって来た。 向き合うことが出来るようになってきた。 自分が思うって事は、みんなもそう思ってるってことなんだろうな…と、思ったり。 自分の場合は…、5年前かな? 沖縄の平和記念資料館に連れて行ってもらって。 それは大きな出会いだった。 そこにある手記や資料や映像から… なんという悲しい、そして圧倒的な暴力に、本土から掛け離れた地が 晒されたのだろうか、という事が伝わってくる。 沖縄の人々は、今こそこうして気丈に『なんくるないさ~』と笑ってくれているけれど、 実際には…、案内してくれた沖縄の友達の正直な、 『本土に見捨てられた気持ちは、どこかにあるよね』、そんな言葉が重かった。 だって、本当にそこに行くまで私は沖縄でどんな事が起こったのか知らなかったし、 判ろうとしなかったから。 それがそのまま沖縄人の『うちなー(沖縄人)』と『やまと(本土人)』の言葉の 使い分けに、隔たりとしてあるんだなぁ、と。 でもその友人は、東京が大好きで、だから東京のヒトに沖縄をもっと知って欲しいという 純粋な気持で活動するヒトだった。 そんな数少なくも勇気あるヒトのお陰で、こうして新たに教えられる事。 この作品も、もはや作品というより、彼女らの見た戦争そのものであって、 それは何にも替え難い、戦争を知らない世代の自分たちがにとって唯一、 そこに一緒に居てその悲惨な経験が共有できる機会なのであって。 そうして初めて…改めて判ること、 戦争とは国と国が戦っているんじゃない。 ひとがひとを殺し、殺される、殺し合いなんだと。 沢山殺したら、沢山認められる。 そうして他所の国の人を一番沢山殺した国が、一番いい思いをする。 どんな殺され方をしても、誰が殺されても…。 そんな時代が、戦争という時代だったことを。 そんな場で生きていくために、小便の含まれる悪臭の水を夢中で飲むことですら、 『ああ、やっと水が飲めた…』という希望を感じる場である事なんだと。 そういうリアルを、 その怖さや悲しさや重苦しさ…、 そして何より、こんな苦しい思い出をこうして世に伝え、語り続け思い出し続ける道を選択された『生かされている』と語られる彼女らのその痛みを判るようでありたい、と…。 また、判ったようになってもいけないなぁ…とも。 こうしてただ、感じるだけでも次の何かに繋がるのかもしれないから、 だからただ、目を凝らして見つめていたい、そう思いました。 うっかりしていましたが、 この作品は少数の劇場公開のみで、DVD化がされないのですよね、、 残念ですが、 是非、私たちや後世の人間にしっかりと伝え、感じさせてくれる作品として残っていて欲しい。 そう、強く願います。

  • sub********

    5.0

    「この映画はビデオ・DVD販売しません」

    本当に素晴らしい映画です。映画の内容は、沖縄戦当時まだ10代であった「ひめゆり学徒隊」の生存者(22名)の証言をインタビュー形式で綴ったドキュメンタリーです。過剰な演出は一切ありません。おそらく事実のみを真摯に記録しようとした記録映画であるといったほうが適当かもしれません。時折、米軍撮影の当時の映像が挟み込まれている他は、基本的に彼女たちの告白のシーンが静かに流れていきます。観ていて(聞いていて)辛くなる悲しい証言や耳を塞ぎたくなるような痛々しい証言もありますが、できるだけ目をそらさず、彼女たちの語る真実に耳を傾けてほしいと思える映画です。 この映画『ひめゆり』は、今後ビデオやDVD販売はしないそうです。劇場で手にしたチラシによれば、「これまで多くのメディアに扱われる中で心傷つくことの多かったひめゆりの人たちは、映像が手の届かないところに言ってしまい、いつか知らないところで勝手に編集されることを心配しているからです」(『ひめゆり瓦版』第1号[創刊号]2007年5月26日より原文引用)。当事者が販売やレンタルを望まないというのは、少しでも多くの人の目に触れるチャンスを逃すという意味では確かに残念です。しかし、逆に言うと、それ故にこそ、一人でも多くの皆さんに是非劇場まで足を運んでいただき、ご自分の目でこの映画の素晴らしさを確かめてほしいと思います(なお、当事者である彼女たちが販売を願わないのでしばらくは仕方ないと思いますが、何十年かして関係者全員が旧友たちの許へ旅立った後、もし可能であれば是非販売やレンタルを実現してほしいと思います。たとえそれが30年後であったとしても、この映画の価値が色褪せることは決してないと私は確信しています)。 なお、これまでに何度も映像化されてきた「ひめゆり」の悲劇ですが、この映画は、私が今までに観てきた、どの「ひめゆり」作品とも違いました。この映画『ひめゆり』には、無理に泣かせようといった過剰な演出や恣意的な政治的メッセージがありません。この映画にあるのは、彼女たちが実際に体験した「事実」の記録だけです(ちなみに、私が過去に観たことのあったのは、吉永小百合の『あゝひめゆりの塔』(1968年)、古手川祐子の『ひめゆりの塔』(1982年)、後藤久美子の『ひめゆりの塔』(1995年)の3作品ですが、それらも決して悪くない映画ですので、もしお時間が許せばどうぞご覧ください)。 是非、劇場に足をお運びください。少しばかり遠くても、時間もお金も決して損したとは思わないはずです。沖縄をこよなく愛している宮本亜門氏の「僕の一生のお願いです。『ひめゆり』を観てください」というメッセージが一人でも多くの人に届くことを私も願ってやみません。最後に、これも映画のキャッチフレーズではありますが、「忘れたいことを話してくれてありがとう」と、私も心からそう言いたいです。

  • pyggc

    5.0

    今「ひめゆり」が伝えようとするもの

    1945年唯一つの地上戦と言われた沖縄線を舞台に、また一つ「ひめゆり」が誕生したことをうれしく思って鑑賞してきました。私は戦争のせの字も知らない世代だけど、歴史をひもとくことは好きでこれまで上映されてきた数々の「ひめゆり」は欠かさず観てきたつもりです。今回の作品も負けず劣らずの傑作品。かっての映像映画にはない証言中心の設定だからこそ戦時のことが鮮明に克明に伝わってまいり、言葉の一つ一つに固唾をのんで耳を傾けずには居られませんでした。公開中、かなうならば、もう一度といわず二度も三度も観ておきたい映画です。「ひめゆり」ってなあに?という現代の若人のためにぜひいつまでも保存していただきたい。もしまだ観てない人があるのならば映画館に足を運んでください。感動の連続であることをお約束します。

  • red********

    3.0

    資料館の証言映像と被ってる・・・

    先月ひめゆりの塔・平和祈念資料館に行ったのですが、この映画に出てくる証言の多くが館内で 壁にはめ込まれた画面で流されていたものと被っていて、それを知らずに観に行ったので少し残念でした。 資料館ではこの証言映像をみるのにかなり時間をかけ、最後にある部屋の証言記録(大きな本の形で 読む事が出来るもので、証言映像や書籍にはあまり書かれていないような細々したものがたくさんある) にあまり時間を割けなかったのですが、もしこの事を知っていたら文章の方に時間をかけたのにと思います。 資料館の映像の方は壁にはめ込まれた画面も小さく、座る椅子もなくゆっくり観る事が難しいので、 もっとしっかり観ておきたかったという方にはいいと思います。 また、内容は知っているものが多かったですが、大画面で・じっくりと・この時期に観たことで 得られた感覚もあったので、観に行ったかいは一応はあったと思いました。 特に最初と最後の音楽が非常に効果的でしたし、「卒業式で歌われるはずだった歌」を聞く事ができたのが 良かったです。

  • いつも風

    5.0

    監督、柴田昌平に拍手! そして、握手

    「映画の日」と重なった先日の日曜、ポレポレ東中野でドキュメンタリー映画「ひめゆり」を観た。太平洋戦争末期、沖縄での住民を巻き込んだ地上戦。その戦火に動員させられた「ひめゆり学徒隊」の生存者22名の証言と、当時の記録映像のみで淡々と綴られたドキュメンタリー。作り手の押し付けがましい主義主張が無く、素直に観る事が出来た。戦争を知ったようなオヤジによる「若者よ、これが戦争だ!よく観とけ」的なピントはずれな戦争映画や、大金かけて豪華なセットに、有名俳優並べて作られた大作巨編とかの、うさん臭い戦争映画よりはるかに説得力があり、戦争の悲惨さ、真実の姿を語ってくれた。近年、やたらと作られた戦争映画。美しい国創りの一環なのだろう。美しくなくてもいい。真実を知りたい。最近話題になった、歴史教科書検定問題。沖縄戦での住民による集団自決。軍の強制は無かった!? 証明する資料が無いそうだ。でも、証人は生きておられました。そして、語ってくれました。残念! バレてしまいましたね。耐震偽装に、牛肉偽装。告発者がいる限り、ウソはバレる。そして、歴史の改ざん。体験者がいる限り、それは許されない。しかし、問題は戦争体験者亡き後だろう。この国は、かつての戦争を子供達にどのように語り継ぐつもりなのだろうか? 真実が歴史の闇に葬り去られる前に、きっちり残しておこう。そして、語り継ごう。そんな思いで監督は、94年から13年間もの長い月日をかけて、この映画を撮り続けたそうだ。悲惨な戦争、忘れてはいけない。そして、真実は語り継がなければいけない。上映終了後、監督のトークショーがあった。舞台に現れた監督を見て驚いた。若い! 戦争にも、沖縄にも縁の無い、東京生まれのごく普通の若者(43歳。40代はオヤジじゃないぞ、若者だ)だった。今時の若者は・・・と、よく言われる今日この頃。いや、今時でも若者は若者。正義を信じている。そんな監督に拍手! 映画館を出たら、監督は外に立ってて、帰路につく観客に挨拶をしていた。私は彼に握手を求めた。そして、パンフレットにサインを頂いた。そこには柴田昌平と言う名前とともに「ありがとうございました」と書かれていた。私も「いい映画だったよ。こちらこそ、ありがとう」と・・・いや、ありがとうはいいそびれてしまった。だから、この場を借りて言わせていただく。監督、とてもいい映画だったよ。「ありがとう」

  • sas********

    5.0

    平和に生きる子孫として見る義務がある

    ☆はつけてますが、 映画としての評価ではありません。 本作品は、映画と聞いて一般にイメージするよう作品ではありませんので・・。 130分間全て、ひめゆり女学生だった方々が当時の戦争体験を語るだけの作品です。 ですので、ストーリーがあるわけでもなく、カット割りや映像、音楽がどうのとかいう作品ではありません。 複数のひめゆり学徒の方々が語られる戦争体験を聞くだけの作品です。 生き残った自分の使命だと考えて、思い出したくもないはずのつらい経験を、後世に伝えるために語られる実体験はとても生生しいですが、絶対に聞かなければならないと思いました。 最初の方に出てきた「自分だけ生き残って本当に申し訳ないと思うんです」の言葉はとても深く心に残ります。 そして、一番胸に響いたのは、一番最後にひめゆり資料館で語られていた言葉です。 「私もいつか亡くなりますが、その時には、平和な時代を経験できずに亡くなった友人達にたくさんお土産話しをもって行ってあげたいんです。あの後、こんな平和な時代が来たんだよー。こんなに楽しいことがあったんだよーって。だから、戦争の経験を後世に伝えるとともに、まだまだいっぱい生きていきたいんです」と・・・。 ひめゆり学徒が看護要員として、配置されたのは、赤十字の旗の立つ安全地帯ではなく、砲弾飛び交う最前線でした。 看護要員として前線に配置されて、わずか3ヶ月間で、230名くらいのひめゆり学徒のうち220名近くがこの世を去ったそうです。 平和な時代を生きさせてもらっている子孫として、この作品を見て良かったと思いますし、後世に伝えなければならないと思いました。

  • メグ・ライオン

    5.0

    語られるほど、言葉失う思いに・・・

    昨日、遅まきながらついに観させて頂きました。 本作の存在は事前に知ってはいたものの、正直「観たい」という意味での関心は全くありませんでした。 私は、業種柄、休日が比較的少なめなのですが、月に1・2度、平日がオフとなることがあり、昨日はまさにその日でした。 本来昨日は【しゃべれどもしゃべれども】を観に行く予定としており、「やっと!」との期待感で、これを決めた約10日前より、さも「遠足を明日に臨む子供」のようにワクワクモードとなっていました。 しかし【川崎オスカー】さんのレビューを縁として、本作にハッとし、引き続き本作の全レビューを静かに熟読するうち、じわじわと胸が熱くなり、さらに、本作のホームページは勿論、ゆめゆりに関する歴史情報をも、学生時代に勝る真剣さで貪り読むうち、もはや「ゆめゆりを観たい、いや、観なければ!」との、使命感にも似た衝動が抑え難きものとなったため、遂に昨日、予定を変更し、決して近所ではない東中野へと足を運んだ次第です。 本作がいかに素晴らしいものであるかは、既に各レビュアーの方の記述によくよく尽くされていますので、あえて慎ませて頂きます。 ただし、本作を観終えたいま、付随的に強く感じることがあります。 それは、かつて日本が戦乱に苦悩した痛ましき悲劇は、過去の事として終わらず、いまを生きる私たちにも起こり得るという切迫性です。 僭越な話しではありますが、戦後の日本を見るに、たとえば、経済活動は驚異的に発展し、生活アイテムは多種にわたって捨てるほど豊かになり、また、時間や労力を軽減する利便さは想像を絶するレベルで進化しました。 しかしその反面、子が親の手首を切り刻むという悲惨に象徴される、人として絶対にあり得ぬ未曾有の凶悪犯罪の頻発。 年間3万人を超えてなお増え続ける国内自殺。 国家を司る政治家・官僚・警察官等の、国を食いものにし、国民をひたすら欺き苦しめる許し難き不正の醜態。 また、世界的には、人口爆発に伴う、食料・水・資源(石油等)の絶対的不足。 音もなくじわじわと人命を奪い去る疫病の猛威。 産業発展の弊害たる自然破壊や環境汚染、または、人体を却って毒する、化学薬品漬けとなった食品や洗剤の蔓延。 地球温暖による異常気象の悪化や、それに連動する、二酸化炭素濃度上昇による人類窒息の深刻なる危機。 そして、最も危惧すべき、世界を瞬時に破壊に至らしめる大量殺戮兵器の止めどなき拡散・・・ これらの事実をあらためて思えば、現代を「平和」と称することはいかにも空しく感じます。 そして、多くの罪無き人をも巻き込む武装対立(殺し合い)は、いまこの時間にも、世界の各所で確かに起きている以上、先に挙げた冷厳なる現実が人類の首をさらに締めつける時、それが「火種」となり、争いがいよいよ大規模化することと、日本だけが今後ともその戦乱と無縁でいられる可能性は、決して低くないと思わざるを得ません。 本作、あるいは「硫黄島からの手紙」などで、かつての日本の悲惨が、それをほぼ知らぬ、より多くの現代の日本人の耳目に触れるに至ったこと、時にあたり、偶然とは思えぬ何かを、私なりに感じます。 この「ひめゆり」こそ、製作者並びに出演者の方々の止み難き情熱、そして真心のみで作られた、利害打算無き「良心の映画」です。 一人でも多くの人々が本作に出会い、その「良心」が広く育まれることを、素晴らしき本作のスタッフと当レビュアー方々の「良心」に準じ、私も心から願わずにはいられません・・・ 最後に、私が本作に出会えたのも、皆様の思い込もるメッセージおかげであれば、ここに心から御礼申し上げます。 本当に、本当にありがとうございました。 【追記】 昨日、私は初回上映(10時40分~)で観たのですが、平日の午前にも関わらず、開館前には約20人が列を作り、開映時には40人前後(劇場全席の半数近く)が席を埋めるという、私的には予想を越える“盛況”でした(ちなみに客層の大半は、“やはり”と云うべきか、60歳前後と思われるご高齢者の方々でした)

  • rem********

    5.0

    ひめゆりの彼女らに心安らかなご多幸あれ!

     沖縄県名護市で開催された自主上映会で、この作品の性質に鑑みて、心して鑑賞してまいりました。夏休みの上映ということで、子どもたちを連れた若い親御さんたちも多く訪れていました。自分たちの言葉では簡単には伝えられない、この島で現実に起こった、言語に絶する悲惨な出来事を子どもたちに感じ取って欲しいという親御さんの思いが、上映会場で私にはひしひしと感じられました。  因みに、沖縄県名護市は、柴田昌平監督の奥様の出身地であるということで、上映後の挨拶でも、監督は「感無量なものがある」と語っておられました。まだ40代前半のお若い監督でした。  物語(ストーリー)も配役(キャスティング)も映像(イメージ)も、フィクションや娯楽・エンタテインメント性等は一切なく、その全てが真実そのものなので、映画にフィクションや娯楽性等を要求される方々からすれば厳しい評価も何とか理解できるところであり、むしろ率直に【映画】の範疇を超える作品の一つということになるのかなと思っています。  230名余の「ひめゆり」学徒の物語も、何万人も犠牲になった沖縄戦においてはその一部の物語にしか過ぎません。未だに埋もれている戦没者の遺骨と同じく、誰にも知られることなく未だに埋もれている多くの沖縄戦の物語を、私たちは発掘し、継承していかなければならない責任を感じます。「言語に絶する」体験を将来の世代に「語り継ぐ」という重責を!  そして、ひめゆりの彼女たちをはじめとして、沖縄戦の犠牲者の御霊や遺族たちにとって、未だに存在し続ける米軍基地の存在やその活動は残酷極まりないものであることをあらためて思い知りました。この国やアメリカは、「戦後」の安らぎを与えるのではなく、未だに彼女たちの心を「戦争」によって苛み続ける安保政策を採り続けているのです。    言語に絶する体験を、その思いや言葉を尽くして語ってくれた「ひめゆり」の彼女たちにはただただ頭が下がる思いです。このような作品に対して、戦争体験のない私のような若輩の軽々しい言葉でレビューすることが、作品の価値を汚してしまわないかを甚だ畏れています。  「いつかは消えてなくなります」   厳しい現実的な言葉には違いないが、胸が締めつけられる、涙がこみあげてくる言葉をまだまだ言わないで!  まだまだ元気で、私たちに語り継いで欲しい。  この作品のレビューの最後に、ささやかなものでしかありませんが、「ひめゆり」の彼女たちの、まだまだ末永いご健康と心安らかなご多幸を心よりお祈りいたします。

  • but********

    5.0

    ネタバレ凄まじいイメージを感じる証言自体に価値

    このレビューにはネタバレが含まれています。
  • sjy********

    4.0

    肉声のもつ説得力は圧倒的です

    戦争と平和について深く考えさせられる作品です。地獄を体験してきた生還者たちの貴重な証言に言葉も失い涙も流れます。これだけの生々しい証言は決してテレビで放送されることもないでしょう。思い出したくもないつらい経験を、あえて語り出した彼女たちの勇気と使命感にただただ頭が下がります。 陸軍病院の陥落時に日本軍が病兵たちに毒ミルクを与えて虐殺したという生々しい証言には特に驚きました。日本軍主導による集団自決などありえないと言う人々にも見てほしい映画です。 演出をあえて最小限にした監督の意図もわかりますが、冒頭の部分をはじめ音楽も無いテロップだけの部分が少々長すぎてかえって集中力が奪われました。生存者の昔の写真や所属クラブなどを長々と映すのは無意味ではと思いました。無音部分をカットして2時間以内に収めれば見やすくなると思います。 惨劇の証言には重なる部分もかなり多いと感じました。それだけ惨劇が動かしがたい事実であったことの証明にもなるのでしょうが。 ただ映画としては、彼女たちがどのように生還し、トラウマを克服し、どのような人生を生きて語り始めたのかという部分も収録していただきたかったです。 そのような点を加味して再編集しなおしていただければ映画作品としてレベルアップできるのではないでしょうか?

  • sak********

    3.0

    映画見ながらパラレルストーリー考えました

    映画見ながら、別のストーリーを、想像しました。 ロシアが中立条約を破棄して、沖縄に上陸、ついでに、10万のチャイナ軍も上陸、3つ巴で、壮絶な、民族浄化、掃討作戦を繰り広げるというものです。 でも、そんな小説、ストーリーは、封印することにしました。 ーーおわり。

  • nar********

    5.0

    最高レベルのドキュメンタリー!!

     最初から断っておくが、私は映画は好きでありながらあまりドキュメンタリーものは好きでない。ドキュメンタリーものは、映画制作者の偽善者っぽいイデオロギーが映像のあちこちにあふれていることが少なくないからである。  ところが、この「ひめゆり」には一切そのようなものはない。果してこれ以上のレベルで「ひめゆり学徒隊」を描くことはできるのだろうかという見事な手法で沖縄戦の問題が真摯につづられている。こんなハイレベルのドキュメンタリー映画に出会えて、私はとても幸せであるとともに、この映画に13年の年月を費やし、ひめゆり学徒隊を通じて沖縄戦の問題を抉り出そうと決意した柴田監督の映画人としての矜持をひしひし感じることができたのが嬉しい。  映画の最後に登場する「ひめゆり学徒隊」の一人で今は資料館のガイドさんを務めている女性が、読谷村から本島南部までバスに乗り片道2時間半かけて通勤するシーンがあるが、そこでバスが嘉手納基地の横を走っていくシーンがさりげなく映っているが、本当に印象深いシーンだった。  日本で唯一地上戦がおこなわれた土地にいま米軍がまた居座っているという誰がみてもわかる矛盾を解いていくために、日本人の多くがこの映画の存在を知り、そして見てほしいと心から願う。  2008年5月3日の憲法記念日。札幌のミニシアター「蠍座」にて。3月にシアターキノで見られなかったものをまた「蠍座」さんが持ってきてくれました。いつも感謝です。

  • pau********

    5.0

    受け取らずに生きることなんてできない

     2時間10分のほとんどすべてが、22人の証言で編まれている。  だから映画としては地味な構成だろう。しかし、これほど見応えがあり、自分に返ってくる映画は稀なのではないだろうか。「その人」の存在がひしひしと感じられ、「その人の声」が語りかけてくる。  その声に耳を傾けていると、私たちの社会(私にとって、それは東京を中心とした本土であるわけだが)が、過去の出来事として、また現在の選択として語っている戦争や平和が、いかに陳腐で浅薄なものであるかを思い知らされる。  「その人」につながることなく、私たちは現在を、そして未来を選ぶことなどできはしない。  いつか211人の人たちに見(まみ)えるとき、私はどんな顔で、どんな思いを抱いて、その人たちの顔を見ることができるのだろうか。211人の死。その人の死にどのように向きあった人間として、その人に見えるのだろうか。  そんなことを思わずにいられない。

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