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潜水服は蝶の夢を見る (2007)

LE SCAPHANDRE ET LE PAPILLON/THE DIVING BELL AND THE BUTTERFLY

監督
ジュリアン・シュナーベル
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3.85 / 評価:809件

想像と記憶が交差するところの夢解き

  • とみいじょん さん
  • 4級
  • 2018年8月28日 0時59分
  • 閲覧数 885
  • 役立ち度 1
    • 総合評価
    • ★★★★★

逆再生される氷河の映像に浸っていると、途中からTom Waits氏の『Green Grass』が流れ出す。
 この映像にこれを持ってくるとは!涙があふれかえってきた。エンディングになってもうかうかしていられない。

他にも、発症の場面に流れる『ラ・メール』。ここにこれを持ってくるとは!この雄大な伸びやかな歌を聴きながら、胸に早鐘が鳴り響き、締め付けられる。

このセンス!!!

主人公ジャン・ドー氏の著作を映画化したものという。
どこからどこまでが原作にあって、どこからどこまでが映画のオリジナルなのだろう?(原作未読)
 例えば、終盤、療養していた病院からパリに戻るシーン。ガラスに映るジャン・ドー氏の表情。ガラス越しに見えるかっての…。じーんとくる。


粗筋を読めば、闘病物。でも、感動させようとする脚本・演出ではない。

何といっても、主人公:ジャン・ドー氏が、オッサン。
 身動きの取れない中で、彼が夢想すること、彼の視線…。内なる声の数々…。
 しかも、献身的な元妻にさせる伝言…。
 善人じゃない。”かわいそうなorけなげな患者”ではない。ある一人の男の裏表のない現実…。「セラヴィ」フランスの映画だなあと思った。

死ぬまで続く人生。思い通りになること、ならぬこと。自分のミスで逃すチャンス。思いもよらぬ贈り物。聖人君子ではなく、最後まで”自分”であった人生。やり直したいけれど、やり直せない人生。それが人生。


そんな映画は、1度目の鑑賞では筋や関係性を追うことに焦点が割かれるが、
2度目以降の鑑賞では、イメージが掻き立てられるシーンに、この表現をこう表現するかというところにはまってしまう。
 
 はじめは、ジャン・ド―氏の目線を追体験させられる。
 そして、イマジネーションと記憶(思い出)の力に気づいてからは、日常と、想像(夢?)と記憶が入り混じる。私の理解力のなさからか、どこからどこまでが、実際の場面で、どこからどこまでが想像と記憶なのか、わからなくなる。
 ルルドの場面は、ある個所までは過去の記憶で、どこからが夢なのだろう?
 教会の場面は本当にあったこと?セラピストが、かってに患者を連れ出せる?
 ジャン・ドー氏にとって”神”は救いにはならないみたいだけれど、父とのやり取りには涙がにじんでしまった。髭を剃っている場面のやりとりは記憶?
 波上の台に、車椅子で放置されているのは、何を表しているのだろう?
 他にも、他にも…。

ジャン・ドー氏は、軽口はたたくが、肝心なところは”説明”してくれない。その不親切さが、鑑賞者を置いてきぼりにし、時に退屈な映画のように感じさせる。「眠たくなる」という人の気持ちもわかる。

でも、この映画は、感じとる映画であり、思索する映画。受け身で観ていても、通り一遍の情報しか得られないが、こちらから映画に心を投じると、ものすごく雄弁な映画となる。
 上記のような、この場面にこの歌をというのも含めて、このシーンで、ジャン・ドー氏は、監督は、何を表現しているのだろう?とか。
 一つ一つの場面について、語り明かしたい衝動に駆られる。
 多分、人が集まれば、その人数分の解釈があるのだろう。
 何という豊かな映画なのだろうか。



そして、Tom Waits氏の歌を聴きながら、
環境のせいにして動けないと愚痴るより、とにかくできることを一つやろうと思った。そんなちっちゃな勇気をありがとう。 

詳細評価

物語
配役
演出
映像
音楽

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