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呉清源 極みの棋譜 (2006)

THE GO MASTER

監督
ティエン・チュアンチュアン
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3.18 / 評価:39件

静謐な演出と清冽な映像美

  • lamlam_pachanga さん
  • 2012年4月18日 23時11分
  • 閲覧数 458
  • 役立ち度 2
    • 総合評価
    • ★★★★★

80年代に登場した第五世代の巨匠と言えば、一般には陳凱歌(チェン・カイコー)や張芸謀(チャン・イーモウ)の名が挙がると思いますが、現在の中国映画で最も尊敬を集める存在となれば、それは本作の監督である田壮壮(ティエン・チュアンチュアン)でしょう。

86年の『盗馬賊』、91年の『清朝最後の宦官・李蓮英』で一気に評価を上げた田壮壮のキャリアは、しかし、93年の『青い凧』を最後に10年近くの途絶を余儀なくされます。現在の田壮壮に対する尊敬の念は、同作において建国間もない50年代当時の整風運動(反右派闘争)を描き、毛沢東の思想・施策への直接的な批判を展開すると言う、検閲(表現規制)の存在する中国では無謀とも言える行為に打って出た勇気に対してのものなのでしょう。彼がどれほど尊敬されているのかは、制裁が解けた02年の復帰作『春の惑い』で、中国、香港、台湾から錚々たるスタッフが馳せ参じたことからも証明されています。

そして本作は、06年に製作された田壮壮の復帰後二作目(ドキュメンタリーの『天空への道~茶馬古道の人々』を数えるなら三作目)となる中国映画で、戦前~戦後にかけての昭和の日本を舞台に、「棋聖」と称された中国出身の囲碁の達人・呉清源の半生を描く人間ドラマです。

1914年、中国福建省に生まれた呉泉(張震)は7歳にして囲碁を始め、瞬く間に頭角を現す。やがて清源と名乗るようになった“囲碁の天才少年”の噂は日本にも届き、その才能に惚れ込んだ瀬越憲作(柄本明)の尽力により、14歳の時、清源は母(張艾嘉)と兄(辛柏青)と共に日本へ渡る。その後も才能を伸ばす清源は日本囲碁界に旋風を巻き起こし、盟友・木谷実(仁科貴)と共に「新布石」を提唱する。その最中、日本における精神的な支えとなっていた西園寺公毅(米倉斉加年)が他界したことで、異国に暮らす清源の心は孤独に苛まれてゆく・・・。

正直に言えば、私は囲碁をよく知らないし、この映画を観るまでは呉清源の存在も知りませんでした。だから冒頭に登場したのが本人だとも気付かなかったし、現在も存命の人物だとも思わなかった。本作で描かれた全ては、そのくらい、普段の私とは無縁の世界でした。

ただそのこととは全く無関係に、この映画のドラマには難があります。

阿城(ア・チョン)の脚本には軸となるドラマが存在せず、冒頭から終幕まで、ただ黙々とエピソードを羅列しているのみ。14歳の天才少年として海を渡ってからの大活躍、当時の複雑な時代背景の中で日本への帰化を決断した青年の苦悩など、呉清源のことをほとんど知らない私でさえドラマの核とするに十分な要素は思い浮かぶのに、この映画はそこにはほとんど触れず、専ら呉清源の宗教活動(紅卍会や璽宇への入信)に焦点を当てています。その割には、彼が何故宗教活動に取り付かれたのかを描かず、要は人間ドラマでありながら物語そのもの(何を描いているのか)が観客には伝わらないと言う致命的欠陥を抱えているのです。

一方、田壮壮の演出は、「静謐」の一言です。

まず、戦前~戦後の日本の雰囲気を、中国人の田壮壮が(最近の)どの邦画よりも巧く表現していると言うのが、驚いていいやら情けないやら。勿論、これは衣裳・美術を担当したワダエミをはじめとする日本人スタッフの功績でもありますが、監督本人が当時の日本を研究、理解していなければ、あの空気を捉えることなど絶対に出来なかったはず。そして、同時に撮影監督の王昱(ワン・ユー)の力量はもっと評価されてもいいでしょう。田壮壮が演出する「昭和の日本」を怖ろしいまでに澄み切った映像で映し出すその手腕は瞠目に値します。「静謐」な田壮壮の演出を「清冽」な映像美で返す、理想的な補完関係でした。邦画関係者は、日本の描き方について、田壮壮と王昱に恥を忍んででも教えを請うべきではないでしょうか。

主演の呉清源を演じた張震(チャン・チェン)の演技は(その拙い日本語を含めた佇まいが)素晴らしかったし、劇中の役柄そのままに彼を支えた柄本明、仁科貴をはじめ、米倉斉加年、宇津宮雅代など日本人キャストの演技も燻し銀。田壮壮の静謐な演出、王昱の清冽な映像と共に、この解り難いドラマにも一本の筋を与えています。

『呉清源 極みの棋譜』は、人間ドラマとしては称賛するわけにはいかない映画ですが、日本人の眼から見ても、そこに映る日本の姿に感動を覚える映画。

観て面白い映画だとは思いませんが、一見の価値ある映画だと、私は思います。

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