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プラネット・テラー in グラインドハウス
2007年9月22日公開

プラネット・テラー in グラインドハウス

PLANET TERROR/ROBERT RODRIGUEZ'S PLANET TERROR

R15+1052007年9月22日公開

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3.0

うひゃー!!

いやー。面白かったねー。馬鹿な映画(褒め言葉)。  そして、僕は映画のありかたについて考えざるを得なかった。映画を作る際よく言われる言葉に「テーマはなんだ?メッセージはなんだ?」というものがある。今作をテーマの側から分析するとどうなるだろう。それは観客それぞれが、ある場面をもって教訓をつかみ取るかもしれない。テーマを感じるかもしれない。でも、それは制作側の意図とは違うだろう。本作には、作品を貫くテーマは存在しない。(あくまでメッセージ的な意味でのテーマ)  ある人は、生存の為に奮闘する映画の構造そのものに、テーマが含まれていると反論されるかもしれない。「死の恐怖に直面した人は、どう立ち向かうのか?」というテーマである。でも、それはゾンビ映画というジャンルにカテゴライズされる映画はすべて、上記のテーマを含んでおり、その先に新たなテーマを盛り込まねば、もはやテーマとは言えないのではないだろうか。少なくともつまらない。  だが、そんな禅問答はどうでもいい。本作にテーマがないとして、それがどうしたというのだ。テーマなぞクソ喰らえだ。  僕は思うのだ。映画には、必ずしもテーマが必要ではないと。観客を物語に惹き付け、キャラクターに感情移入させ、感情を揺さぶれば、それは立派な映画であると。そこにテーマが横たわっているか否かは問題ではないと。  本作はどうであっただろう?結論から言えば、テーマ性は感じなかったが、僕の感情を心地よく、くすぐってくれた。  まず、「セクシー美女の片足が銃」というガジェットが素晴らしい。男のロマンをくすぐる設定だ。セクシーで強い美女は魅力的だからね。ここで大切な事は脚が武器に変る点だ。仮に腕が武器になってもここまでそそられないだろう。女の武器である脚を、文字通り武器にすることが、男をくすぐるには重要なのだろう。この点は、軽く見られるかもしれないが、非常に興味深い。  次に、日頃溜まったフラストレーションを発散させてくれる、ゾンビ大殺戮描写だ。ゾンビを次々に撃破し、血を爆発させ、肉を飛び散らす映像は、グロくもあるが、同時に快感をも与えてくれる。日頃のフラストレーションの対称(嫌いな人間)をそこに重ね合わせるからだ。ゾンビという、人間の形をしていながら、非人間である(意思がない)という特異な立場がうまく機能していると思う。非人間であるから倫理的な問題は頭をもたげず、人間の形をしているから、人間をぶっ殺している感覚を喚起してくれるのだ。  ここに生存の本能も重ね合わさって、非常に深い潜在意識のレベルで、観客を刺激してくれる。ゾンビ映画とエロの相性が良いのは、ここに1つの要因がある。ゾンビから逃げ、戦い、生き抜きながら、種の保存の為に女を抱く。

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