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眠り姫
2007年11月17日公開

眠り姫

802007年11月17日公開

kam********

5.0

風景の隙間を見たいなら

映画『眠り姫』。 これは、滅多にお目にかかれないシロモノだ。 確かに、この映画には、人物がまともに物語を演じる姿が、映らない。 ただし、会話は聞こえる。 それゆえ、人間が動くさまがチラリと映し出された時の、存在の重たさ、不気味さに気付く。 人間がいる、物がある、生活する、ことが当たり前に続くと思っていること自体、「思い込みに過ぎない」のではないか? 生物は皆、いつか死ぬことが決定している。 傍にいる他者が消え、自分も消える。 すべての生物に必ず訪れる、ならば、この誰もいない世界こそ、当たり前の世界、であるのかもしれない、とはいえまいか? そのようなことを感じさせるにも関わらず、この映画は、決して難解ではない。 それどころか、現代女性の、ごく普通の日常が綴られ、ニヤリとさせられる部分さえある。 日常というものへの違和感にふと気付いてしまった薄気味悪い気分を、この映画は、美しい自然や、都会の街路の風景の中に見出し、見事に表出させている。 今見ているこの世界が、ふと、心象風景に変わる、この世のものではなくなる、そんな体験が出来る。 映画館を出ると、見慣れた風景の「隙間」が見えてしまう、そんな気がした。 無いものを描こうとする、挑戦的な姿勢。 欠けていることが、贅沢にさえ思える映画だ。 「すべて主張は偽りである。或るものをその同一のものとしてなにか他のものから表白するのは正しいことではない」と、埴谷雄高は著作の中で書いているが、それでも、この映画が目指したのであろう試みに、埴谷さんの著作を少々思い出してしまった。 「私は或る隠者の話を想い出そう。その隠者は自身を索めようとして先ず足を切った。更に索め得られる、そう呟きながら、次に手を切った。そして、次第に自身を切り刻んでいって、影も形もみとめられなくなったと云われる。《だが聞いてみろ。そこにはまだ呟きが聞こえるのだ。ほれ、聞こえる。非常にさだかならぬひそやかなところに-》」 (埴谷雄高著『不合理ゆえに吾信ず』より) この映画の原作は、山本直樹著の漫画『眠り姫』。そしてその漫画の原作が、内田百?著の小説『山高帽子』。 だが、この埴谷雄高という作家も、かつて若い頃に、芥川龍之介の自殺に衝撃を受けた経験を持っているという。

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