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ペルセポリス
2007年12月22日公開

ペルセポリス

PERSEPOLIS

952007年12月22日公開

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5.0

アニメーションの美しさを再認識。

僕たちにとって未知の世界である、イスラム圏イランの内幕を知ることのできる映画、というよりもモノトーンのアニメーションに改めて美しさを感じる作品と言った方がよいでしょう。 作品の中心はイランという国に住む、等身大の若者の自画像です。 漫画家でもある、作者自身を描いた作品のようです。 僕にとってイランという国は、1980年代のイラン・イスラム革命以降認識されるようになった国。 だから、それまでの親米的なシャーによる統治のイランというのはイメージできません。 たぶん、僕だけでなく、同じ親米国家の日本国民としては、革命によって反米国家となったイランというのは、かつてブッシュが言っていたように「悪の枢軸」という認識の方が強いのではないでしょうか。 むろん、北朝鮮の脅威の方が身近な僕たち東アジアの住民にとっては、イランを脅威と感じるほどではなかったのですが、それでも、親しみのもてない、イスラム原理主義によるコチコチの宗教独裁国家というイメージが強いでしょう。 宗教独裁というものは、国家神道による宗教独裁に近い国家体制を経験した日本人からは、あまり好ましくないイメージを持たれるのではないでしょうか。 しかしながら、かの国がシャーを倒して、宗教国家を作ったのにはそれなりの理由があるのでしょう。 そのあたりの事情がこの作品の中で語られています。 なんと、ホメイニによる宗教革命の前にイランを治めていたシャーというのは、正統的な王族ではなく、クーデターで皇帝を名乗っていたと言うのです。 しかも、彼の背後にはまたしても欧米の陰。 『アラビアのロレンス』を思い出しました。 アラビアのロレンスの時代からのイランの歴史をもう一度学びなおして見ようかという気になりました。 シャーは近代化のために外に向かっては親欧米の立場をとり、国内では弾圧を繰り広げていたというわけで、シャーの独裁時代の人々の苦しみも描かれています。 そうした不満をたぶんうまくまとめあげたのがホメイニらの宗教革命かだったのだろう。 そして、そうした不満があったからこそ、宗教革命という近現代史の中では極めて珍しい、(少なくとも、僕たち日本人には理解しがたい)宗教革命などと言う物が成功したのでしょう。 もちろんその背後には、冷戦下、アメリカと覇権を争うソ連の思惑もあったのでしょう。 この作品では、イラン・イスラム革命前夜のソ連の影響も語られています。 やっとのことで達成されたイスラム国家の暗黒性にもがっかりさせられる。 女性は抑圧され、娯楽も圧殺されてしまい、人が人らしく生きることもできなくなってきます。 なぜ国民のための政府が作られなかったのでしょうか、何のためにシャーを倒したのでしょうか、革命とは常に裏切られる物なのなのでしょうか。 こうしたイランの歴史的事情にも大きく興味を引かれるが、なによりも、心を打つのは、そんな過酷な状況の中でも人は人らしく生きようとしているということです。 そんなことは当たり前だ、戦時下の日本だってそうだったではないかと言われるかもしれません。 しかし、まったく異質な世界と思われがちなイスラム国家イランです。 そこに住む人が僕たちと全く同じことを考えているなんてことが、驚きなのです。 漫画家らしく、このアニメーションのに中にも、何本かの映画が取り上げられていますが、その娯楽性に、この作品に描かれている人々の大衆性が見て取れます。 ブルース・リーに『ゴジラ』に『ターミネーター』、娯楽として一級のものばかり。 そう、そういう物を欲しているという点で僕らは同じ映画ファンなのです。 さまざまな困難の中でも、優しさと人間らしさを大切にし、いつも肌着にハーブを入れていたおばあさんの生き方に感動します。 描かれている人間のすばらしさとともに、モノトーンの絵の美しさが胸を打ちます。 色彩はもとより、中間色も排して、くっきりとした、まるで切り絵のような画面は、潔いほどにきっぱりとしており、主人公の生き方を象徴しているようでもあります。 アニメーションの命が動きとともに、絵の美しさでもあることを感じさせてくれます。

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