2008年2月23日公開

KAMATAKI -窯焚-

KAMATAKI

- 2008年2月23日公開
KAMATAKI -窯焚-
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作品情報上映スケジュールレビュー

あらすじ・解説

自殺未遂をした日系カナダ人のケン(マット・スマイリー)は、死亡した父の兄の住む滋賀県信楽へと降り立つ。彼は叔父で陶芸家の琢磨(藤竜也)にも心を開こうとせず、初めは女性に奔放な琢磨に嫌悪感を抱いていた。しかし、琢磨の作品を見つめ、窯焚の10日間をともに過ごすうちに、その人間的な魅力に心を開いていく。

シネマトゥデイ(外部リンク)

作品レビュー(12件)

不思議37.5%セクシー12.5%ロマンチック12.5%切ない12.5%悲しい6.3%

  • riv********

    4.0

    青年と壮年の瞳。

     冒頭、しょっぱなに映るモントリオール市街地の風景を見たことがある。あの景色、実は「旧モントリオール市街」という地区も混じっている。 家族がモントリオールに暮らしているため、あの場所を訪れたことがあるのだ。 カナダは日本と比べれば歴史こそ浅いものの、中々複雑な事情を背負っている。 「人種のモザイク」と呼ばれ、人種を問わず、様々な国の人々が住んでいる。 とりわけ、ケンが住んでいたモントリオールは事情の入り組んだ地域だ。 この地区は公用語がフランス語と英語である。 その昔、フランスとイギリスの領土争いがあり、実に、住民の9割がフランス系であるにもかかわらず、イギリス領となってしまったのだ。 その後、モントリオールは、独自の文化形態を守り、今日まで来ている。 現在もカナダからの独立を目指しており、過去何度か、市長が勝手に独立宣言をしてしまうなどの事件も起こっている。 …いくらか間違ってるかもしれない。 が、こういう背景を知っていると、深読みせずにはいられない。 父を亡くし、不安定なケンの存在は、そのままケベック州、モントリオールの現状を思わせる。 ケンに性に対する柔らかさ、を取り戻させるのがアメリカ人女性、というのも面白い。 もう一人、功利主義的な手法を琢磨に伝授しにくるのもまたアメリカ人男性だ。 (ちなみに、カナダ人は、同じ北米大陸にあるというだけで、アメリカと同一視されることを嫌がる。これはどこの国も同じことが言えるが。また、ブッシュが再選した際にアメリカ人が大挙して移民したのもカナダである。) 琢磨の描写に移ろう。 彼は日本人にしては稀有な人物に映ったのは私だけだろうか? どっしりと構え、異国の人々を受け入れ、泰然自若とした構えを崩さずない。 それでいて、窯焚に対する真摯な愛情は、厳粛そのものだ。 あれだけの度量と、鋭さを一つの体に共存させている事が、不思議だった。 極めて優れたバランス感覚を持っているということなのだろう。 自分のことでいっぱいいっぱいのケンからすれば「なんだこのオッサン」ともなるだろうが、人生を楽しむ者の姿など、苦しむ者の目から見ればそんなものかもしれない。 彼らの暮らす工房一体の家は、山奥にある。幽玄な景色は美しさも感じさせるが、同時に、不慣れな者を拒む厳しさも持ち合わせている。一見、柔和に見え、奥底の知れぬ琢磨の描写とも被る。 水を汲みに行く意味。琢磨という人物の重層部分。窯焚。女性。 全てが象徴的であり、美しいイメージが、個々に絡まり、一つのぼんやりとした炎のように、穏やかに揺らいでいる。 琢磨の豊かな父性は、ケンに「健やかな心」を取り戻させようとする。 職人らしい気質で、さして取り入ることもなく、彼の心に薪をくべる事だけをする。 これを単館上映にしておくのはもったいない。

  • fis********

    3.0

    性=生=火

    若者の性のめざめなんだろうか、この映画のテーマは。 窯焚の「火」がそれを象徴している。 そのへんの描かれ方は面白かったし、琢磨叔父さん(藤竜也)とその甥ケン (マット・スマイリー)の相性も良かった。 だが…琢磨叔父が性に奔放(芸術家らしく?)ってのはいいとして 琢磨の亡くなった師匠の未亡人(吉行和子)の性の秘密だとか その秘密を容認している?琢磨の若い妻だとか、 売春宿(とケンは言う)のようなバーの女性たちだとか 果ては、ラストケンが仲良くしているという日本人の女の子だとか (この子がはっきり言ってあまり可愛くない。) 日本女性の描かれ方はちょっと不満。なんだか幻想入ってません? 女優陣では唯一、琢磨の弟子のアメリカ女性だけが納得いったかな。

  • taj********

    4.0

    R-18、もうひとつの意味

     信楽の陶芸家のもとを訪れた日系カナダ人青年の物語です。監督は日本在住経験も長いケベック人、クロード・ガニオンさん。外国人ならではの切り口で、日本人が漠然と知っている焼物の世界を鮮やかに示してくれます。それだけでなく、芸術に向かいあう人々のもっと妖艶としたなにかが、画面に印されている感じ。非常に不思議な手触りで、観る価値の高い一本でしょう。  文字にするとストーリーは簡単です。カナダ人ケン・アントワーヌ(マット・スマイリーさん)が自殺未遂のリハビリを兼かねて、著名な陶芸家の叔父・石川琢磨(藤竜也さん)のいる信楽へやってきます。女性関係に奔放な叔父への反感が積もりながら、しかし人びとの生きかたに魅せられたケンが、ついに「窯焚き」にひとりで向きあう、というもの。窯焚きとは陶器を実際に焼く過程のことで、一般には2昼夜程度ですむところ、叔父は人工釉薬を用いない穴窯なる手法にこだわるため、一度火を入れると10日間、昼夜兼行で薪をくべなくてはいけないそうです。本作の後半はほとんどがこの窯焚きの場面に充てられています。1300度にも達する炎をみていると、心が吸いとられる思い。この生きものの前では、言葉を失ってしまいます。  全体を通して、時間の流れかたにも生命的なものを感じました。九谷や伊万里は素人目にも美がわかるものですが、信楽焼はつかみどころのない焼物だと僕は感じました(そもそも狸の置物だし)。歴史的にわびさびの趣が強いゆえに、当初ケンは「なにが美しいかわからない、ごみのように感じるものもあった」とまでつぶやきます(日本人の僕だって似た感覚です)。いくら机勉強重ねても信楽のよさがわからないように、この陶器を感じとるには現地で時間を過ごすしかないとでも言いたげな映画でした。それもデジタルで均質な時ではなく、薪をくべる7分間隔や窯で焼く10日間といった、泥臭く生命感のある時間感覚が、本作の重層低音を奏でているといえるでしょう。  さらにいえば、陶芸に携わる人びとは、やはり特異な生物だと感じました。何か月も火と、つまり火を感じる自分と向き合っていれば悟りのひとつでも拓けるのでしょうか(おいおい)。実際、火入れ前に僧侶が経をあげますし、琢磨も仏教問答をケンに投げかけ(「杯の水を空にせよ」など)、ひとつのことに狂気的にとりくむ姿が描かれます。一方で女性にオープンな琢磨。そんな自分の生きかたを、彼はケンにこう諭します―「逃げるな。natural rule、自然の掟なんだ」、「そうだ、faddy daddy(頑固親爺)なのさ」  ところで、本作はR-18指定を受けています。ほんの少しヌード・ラブシーンが入り、“f○ck!”を連呼する場面もあるので事務的には当然なのですが、実質的には、「子どもの教育上問題のある」映倫指定映画になる筋合いなどありません。むしろ、窯焚きに没頭する姿を、飽きやすい現代っ子に見せてやりたいくらいくらいだ。  それでもなお、R-18という区分に妙な説得力を感じる映画なのです。本作は陶芸に関する表の話のほかに、「恋愛」にまつわるストーリーが埋め込まれています。琢磨の女性関係にはじまり、極端に女にストイックなケン、そして「琢磨の死んだ師匠の妻」だという刈谷先生(吉行和子さん)こそこのパートの主人公でしょう。  正直なところ、刈谷先生が真になに者なのか理解できませんでした。映画はあえて説明を避けている印象です。非常に意味深な刈谷先生作のオブジェクトやケンの視点を借りての覗き見、極端に断片化された情報からは、彼女が老いてなお人生を謳歌していることは窺えるだけで、それが幸いして彼女の魔性が強調される効果を生んでいました。この構造は多かれ少なかれ琢磨やケンにもいえることで、本作は直接語るのを放棄することで、より雄弁に「語る」ことを選択していたように感じます。ありていな言葉でいえば、間が豊かな叙情詩、かな。  こういった要素が芸術の深遠さ、信楽のわびさびの心と融合して、23歳の僕でも到底追いつけないような、妖艶な大人の世界へ昇華しているようです。「ようです」としか書けない自分の底浅さに愕然じゃ(笑)。風流人とか芸術家とよばれる経験奥深い大人にだけ、直感的な共感を呼びそう。だからこそ、モントリオール映画祭(北米最大の映画祭、世界でも19しかない国際映画製作者連盟公認映画祭のひとつ)で5冠を達成したのでしょう。  そういうわけで「窯焚」の魅力を伝えるには力不足な僕なのですが、“とりあえず”の映像表現(ポジ写真みたいです)や人物描写、窯焚きのシーンだけでも圧倒的に美しい映画でした。エンドロールの微妙に動く湖の光景は圧巻です。外国人がみた日本像にはいろいろな発見があるもので、いまや死語となった「美しい日本」(笑)はカナダ人の眼の先にあり、なとど下世話なことを感じたりします。

  • wel********

    2.0

    期待して観にいっただけに…

    後味の悪い映画だった。 ガニオンという監督が言いたかったのは結局、青年の懊悩は性的行動を抑制する未成熟な潔癖性がもたらす心の病で、この抑圧からの解放が大人になるための道なのだ、ということか。 理屈つけてないで、たとえ誰とでもしたいと思ったときにできるようにならなきゃ大人になれないよ、というメッセージしか、私には伝わらなかった。 信楽焼の窯元が舞台に選ばれたのは、単にガニオンの日本趣味か、観客のエキゾチズムに訴える小道具か。「窯焚き」に打ち込んでいく姿も成長への要素として描かれているようにも見えるが、本質ではない。 バーの女への接し方をめぐっての意味不明な説教やホテルでのセックスシーンもとってつけたようで浮いている。「刈谷先生」もよくわからない。人間いくつになっても…ということなんだろうが別のテーマのような気もする。 この映画が言ってることがおかしいとは思わないが、私の感じた後味の悪さは、ただそれだけのテーマがもったいぶった舞台装置や人物設定で描かれていることに対する違和感なのだろう。

  • m87********

    5.0

    を感じる映画なのである

スタッフ・キャスト

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基本情報


タイトル
KAMATAKI -窯焚-

原題
KAMATAKI

上映時間
-

製作国
カナダ/日本

製作年度

公開日

ジャンル