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KAMATAKI -窯焚-
2008年2月23日公開

KAMATAKI -窯焚-

KAMATAKI

- 2008年2月23日公開

taj********

4.0

R-18、もうひとつの意味

 信楽の陶芸家のもとを訪れた日系カナダ人青年の物語です。監督は日本在住経験も長いケベック人、クロード・ガニオンさん。外国人ならではの切り口で、日本人が漠然と知っている焼物の世界を鮮やかに示してくれます。それだけでなく、芸術に向かいあう人々のもっと妖艶としたなにかが、画面に印されている感じ。非常に不思議な手触りで、観る価値の高い一本でしょう。  文字にするとストーリーは簡単です。カナダ人ケン・アントワーヌ(マット・スマイリーさん)が自殺未遂のリハビリを兼かねて、著名な陶芸家の叔父・石川琢磨(藤竜也さん)のいる信楽へやってきます。女性関係に奔放な叔父への反感が積もりながら、しかし人びとの生きかたに魅せられたケンが、ついに「窯焚き」にひとりで向きあう、というもの。窯焚きとは陶器を実際に焼く過程のことで、一般には2昼夜程度ですむところ、叔父は人工釉薬を用いない穴窯なる手法にこだわるため、一度火を入れると10日間、昼夜兼行で薪をくべなくてはいけないそうです。本作の後半はほとんどがこの窯焚きの場面に充てられています。1300度にも達する炎をみていると、心が吸いとられる思い。この生きものの前では、言葉を失ってしまいます。  全体を通して、時間の流れかたにも生命的なものを感じました。九谷や伊万里は素人目にも美がわかるものですが、信楽焼はつかみどころのない焼物だと僕は感じました(そもそも狸の置物だし)。歴史的にわびさびの趣が強いゆえに、当初ケンは「なにが美しいかわからない、ごみのように感じるものもあった」とまでつぶやきます(日本人の僕だって似た感覚です)。いくら机勉強重ねても信楽のよさがわからないように、この陶器を感じとるには現地で時間を過ごすしかないとでも言いたげな映画でした。それもデジタルで均質な時ではなく、薪をくべる7分間隔や窯で焼く10日間といった、泥臭く生命感のある時間感覚が、本作の重層低音を奏でているといえるでしょう。  さらにいえば、陶芸に携わる人びとは、やはり特異な生物だと感じました。何か月も火と、つまり火を感じる自分と向き合っていれば悟りのひとつでも拓けるのでしょうか(おいおい)。実際、火入れ前に僧侶が経をあげますし、琢磨も仏教問答をケンに投げかけ(「杯の水を空にせよ」など)、ひとつのことに狂気的にとりくむ姿が描かれます。一方で女性にオープンな琢磨。そんな自分の生きかたを、彼はケンにこう諭します―「逃げるな。natural rule、自然の掟なんだ」、「そうだ、faddy daddy(頑固親爺)なのさ」  ところで、本作はR-18指定を受けています。ほんの少しヌード・ラブシーンが入り、“f○ck!”を連呼する場面もあるので事務的には当然なのですが、実質的には、「子どもの教育上問題のある」映倫指定映画になる筋合いなどありません。むしろ、窯焚きに没頭する姿を、飽きやすい現代っ子に見せてやりたいくらいくらいだ。  それでもなお、R-18という区分に妙な説得力を感じる映画なのです。本作は陶芸に関する表の話のほかに、「恋愛」にまつわるストーリーが埋め込まれています。琢磨の女性関係にはじまり、極端に女にストイックなケン、そして「琢磨の死んだ師匠の妻」だという刈谷先生(吉行和子さん)こそこのパートの主人公でしょう。  正直なところ、刈谷先生が真になに者なのか理解できませんでした。映画はあえて説明を避けている印象です。非常に意味深な刈谷先生作のオブジェクトやケンの視点を借りての覗き見、極端に断片化された情報からは、彼女が老いてなお人生を謳歌していることは窺えるだけで、それが幸いして彼女の魔性が強調される効果を生んでいました。この構造は多かれ少なかれ琢磨やケンにもいえることで、本作は直接語るのを放棄することで、より雄弁に「語る」ことを選択していたように感じます。ありていな言葉でいえば、間が豊かな叙情詩、かな。  こういった要素が芸術の深遠さ、信楽のわびさびの心と融合して、23歳の僕でも到底追いつけないような、妖艶な大人の世界へ昇華しているようです。「ようです」としか書けない自分の底浅さに愕然じゃ(笑)。風流人とか芸術家とよばれる経験奥深い大人にだけ、直感的な共感を呼びそう。だからこそ、モントリオール映画祭(北米最大の映画祭、世界でも19しかない国際映画製作者連盟公認映画祭のひとつ)で5冠を達成したのでしょう。  そういうわけで「窯焚」の魅力を伝えるには力不足な僕なのですが、“とりあえず”の映像表現(ポジ写真みたいです)や人物描写、窯焚きのシーンだけでも圧倒的に美しい映画でした。エンドロールの微妙に動く湖の光景は圧巻です。外国人がみた日本像にはいろいろな発見があるもので、いまや死語となった「美しい日本」(笑)はカナダ人の眼の先にあり、なとど下世話なことを感じたりします。

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