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TOKYO!
2008年8月16日公開

TOKYO!

TOKYO

1102008年8月16日公開

mfr********

5.0

都会女は椅子になるしかないのか?

この3短編のオムニバス映画は、いわゆるマジック・リアリズムに挑戦している。ファンタジーによって、逆に世の現実をより深く表現するというアプローチだ。が、3つの中で、それに成功しているのは一作目のミシェル・ゴンドリー作「インテリア・デザイン」だけだ。5つ★評価は、それへのもの。 2作目のカラックスの短編は、最初の下水道の怪人が東京ストリートを歩くというアイデアと最後の最後の文句がおもしろいだけだ。何かを伝えようとしてるのだが、観るものの思考を喚起するような脚本の精度はない。ただのショック・アートで、受け手をビックリさせて(嫌な気分にもなる)、はい終わりというもの。 3作目の引きこもりものも、何も伝わってこない。どちらにも共通して言えるのが、ファンタジーを混ぜているが、それが世の現実の深部とつながっていないのだ。それに成功すれば、マジック・リアリズムとなる。 ゴンドリーの「インテリア・デザイン」は、それに成功している。 みごとにみごとに成功している。 終盤までずっと現実的なドラマ調なんで、確かにあのヒロインの突然変異には驚かされる。もっと順を追って変化させれば良かった。それがこの短編の唯一の欠点だ。 が、それも全体のクオリティーの高さによって打ち消される。 まずヒロインを演じる藤谷文子に、抜群の存在感がある。ユーモラスでパセティックでセクシーで、色んな顔を持っている。さすが、ゴンドリーの選んだ女優だ。彼女を軸に、映画全般に印象的な演出とユーモアが散りばめられ、美しいシーンもあり、まったく飽きさせることがない。何度も見れば分かるが、構成力も緻密だ。 そして、終盤の突然変異。それは観るものの思考を喚起する。 胸に穴、人形、裸体、椅子。その変異プロセスには、都市の女性が経験する20代という一時期の本質が見え隠れする。はっきり言えば、それはとんでもなく哀しいものだ。が、ゴンドリーはそれをキュートな演出とイメージで描いているので、ちっとも痛くはない。例えば、拾われた男のアパートで、ヒロインが椅子に座った男の後ろから忍び寄るシーンなどは、抜群のセンスだ。それはスウィート・リアリズムとでも言えるものだろう。 結局、女は椅子になるしかないのか? ゴンドリーはこの映画で、TOKYOに限らず世界中の都市に生きる女たちに、その苦い苦いメッセージを甘い甘いケーキと共に差し出している。■

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