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アイム・ノット・ゼア (2007)

I'M NOT THERE

監督
トッド・ヘインズ
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2.58 / 評価:359件

ディランという伝説を紐解くひとつの方法

  • Shoko さん
  • 2018年2月9日 22時38分
  • 閲覧数 934
  • 役立ち度 7
    • 総合評価
    • ★★★★★

ボブ・ディランの映画というので気になって機内映画でみようとしたけれど、これは機内映画のような環境で理解できる映画ではないと断念。
時を得て、今回テレビで再トライ。
やっぱり一筋縄ではいかず、忍耐を要したけれど、今度は最後まで見ることができました。

という少し努力を要する映画です。

ボブ・ディランの半生を6人の俳優が綴っている、というのが面白い点でもあり、難しい点でもあり。時系列どおりではないし、第一ボブ・ディランであるはずのキャラクターたちが誰もボブという名前でもないし、年齢も人種もいろいろな別人ですから。

なのにこの映画はボブ・ディランがはじめて公認した映画で楽曲だって提供されている。

つまりディラン自身が自分をこういう人と定義されたくない。
その時その時の自分をフィクショナルな人物として描いていることこそが、自身の「伝記」としてもっとも納得のいく形だったんだろうと思います。

私はディランの基本は詩人であり、ストーリーテラーだと思うのですが、時代がちょうど求めていた社会派フォークを歌って人々にあがめられる彼も真実のディランだし、アコースティックからエレクトリックに移行して皆が裏切られた気持ちになってブーイングされる彼も真実のディランだし。

自分を型にはめて、あれこれ言葉の意味を詮索するのはやめてくれ、あの時の自分も自分だし、いろいろなものに影響をうけて変化しているのも自分だし。それって普通の人には普通であることだけど、これほど影響力のあるビッグなアイコンになってしまった彼にはなかなか受け入れてもらえないことなのかも。おまけにノーベル賞までもらってしまったというのもディランにとっては皮肉なことなのかもしれませんね。

個人的には、ずいぶん前に一度ディランのコンサートを見に行ったことがあります。
大歓声で迎えられたディランはMCなしにただロックをやって、早々にひっこんで、正直がっかりでした。前座だったボニー・レイットさんの方がよっぱどよかったと思ってしまったのですが。

それもこれもひっくるめてディランという伝説なのでしょう。

不思議なことに、映画を見終わっていろいろ考えていると味わい深く感じられる作品。
もう一度くらいみて再確認したいと思わせてくれるから、星4つ進呈です。

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