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非現実の王国で ヘンリー・ダーガーの謎
2008年3月29日公開

非現実の王国で ヘンリー・ダーガーの謎

IN THE REALMS OF THE UNREAL/IN THE REALMS OF THE UNREAL: THE MYSTERY OF HENRY DARGER

822008年3月29日公開

zoo********

5.0

私の謎、貴方の謎

不覚にも涙。淡々としたドキュメンタリーなのにね。  あえて淡々とした構成にした制作者の真摯な姿勢に好感を持ちました(「頭のオカシイ異常者が異常な事してたんだって。衝撃!!異常!!過激じゃ~!!」というスペクタクル視点では全然ありませんので、そのような事を求める方は寝てしまいます。テレビの「ビックリ人間大集合」といった番組をお楽しみください)  特異な人物、ヘンリー・ダーガーの一生、及び彼のアウトサイダー芸術(正規の芸術教育の産物ではない芸術)を、関係者の証言、及び残された彼の作品を通して紹介した映画です。  何千ページにも及ぶ日記帳。3メートル以上の長大絵画が数百枚。そして1万5千ページを越える物語『非現実の王国で』。恐らく世界最長の小説。  ほとんど他人と会話する事もなく、極端な孤独の中で、彼は60年に渡り、彼の内面世界を膨大な作品群にしてきました。  本ドキュメンタリーはその作品群を紹介するに当たって、一部をアニメ化しています。  ダーガー自身は自筆で絵を書くことが出来ませんでした。よって彼はゴミ捨て場から新聞雑誌などを集め、挿絵や写真、漫画を切り集めて、上からなぞっったりして描きました。奇しくもこのスタイル、現代芸術におけるコラージュやトレースの方法と一緒ですね。  芸術における「技法」の問題など、考えさせられます。  そして、この絵巻物が異様です。  正規の美術教育を全然受けていない為、かえって尋常でない迫力があります。幼児画の稚拙感が漂いながら、しかし常人には及ばない(何らかの障害はお持ちだったと思いますが)熱意と集中力で切り合わされた、3メートル以上の長大挿絵が数百枚。  本映画を鬼気迫るものを感じる人も多いと思います。  淡々とした描写だからこそ、かえって深くヘンリー・ダーガーの内奥、興奮と華やかな色彩に満ちた彼の作品世界(内面世界)が伝わります。    本映画で見逃されがちな点。  善良で知的な大家さん夫婦(ラーナー夫妻)がいなければ、この膨大な作品群は残らなかった、この地上にヘンリー・ダーガーという人物が生きていた、という事が全く忘れ去られただろうという事(普通なら彼の偉大な作品群はゴミ箱直行)。  彼の特異性、つまり「ヘンリー・ダーガーは極端に孤独であった」という点のみに関心が行くと、もう一つの大事なポイントが忘れ去られてしまいます。  「ヘンリー・ダーガーのような極端な例ですら(善良な)隣人の存在があったからこそなのだ」と言う事(世俗的な意味合いでも、ラーナー夫妻は家賃をおまけし、親代わりで何かと相談にのったとの証言があります。彼の心が「暴発」せずに、ある種の「安定」を得ていたのは、このラーナー夫妻による所が大きい筈。因みに奥さんはキヨコ・ラーナー。日本人or日系人)    逆説的に、かえって「人と人の結びつき」の尊さといった事が浮かび上がっていたと思います。 (そういえば大体同時期の日本のアウトサイダー芸術家、山下清画伯も障害者施設「八幡学園」で良い先生に出会っていたと聞きます。山下氏の方が友人知人は多かったかな。ダーガー氏と山下氏、作品に優劣はありませんが、山下氏の作品に「開放感」や「楽天性」が漂うのは、両者のおかれた環境の差、ひいては米国の「個人主義」「厳格一神教」社会と日本の「世間」「のんき多神教」社会との違いによるのでしょうか)  この映画、自分とは関係ない「変な人の凄い事」のドキュメンタリーだと思ってしまえば、観ていない事になります。  ヘンリー・ダーガーは「私」「あなた」なのです。  ヘンリー・ダーガーは非常に先鋭的な形で「内面世界」のあり方を示しましたが、これは実は我々と本質的には同じ事なんじゃないでしょうか。  ヘンリー・ダーガーの「謎」。  普通の人は「問い掛けがあって答えのない」謎と捉えるでしょうが、本当は「答えはあるのに、問い掛けが何か判らない」謎なのではないでしょうか。  我々の人生は「答え」なのです。  「私」「あなた」は何の“問い掛け”に答えようとして、生きているのでしょうか。   映画ラスト。キヨコ・ラーナーさんの証言。  彼の部屋に入り、膨大な作品群を発見したラーナー氏はヘンリー・ダーガー氏の病室を訪ね、興奮しつつ、彼に観た事を伝える。  ヘンリー・ダーガーはかすれた声でたった一言いった。  「もう、遅いよ」  救貧院に入院した為に「作品制作(内面世界)」と切り離されたヘンリー・ダーガー氏は急速に衰弱、81歳の誕生日の翌日に息を引き取った。  「もう、遅いよ」で、泣けてきちゃったよ。

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