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非現実の王国で ヘンリー・ダーガーの謎
2008年3月29日公開

非現実の王国で ヘンリー・ダーガーの謎

IN THE REALMS OF THE UNREAL/IN THE REALMS OF THE UNREAL: THE MYSTERY OF HENRY DARGER

822008年3月29日公開

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5.0

純粋であることは利己的であること

映画はヘンリー・ダーガーが生涯をかけて紡いだ「非現実の王国で」をアニメーション(というか劇メーション)化してダコタ・ファニングがナレーションをする。というものと、ダーガーが書いていた「私の人生の歴史」という自伝のような日記に、彼を知る数少ない人のコメントを交えたものを並行させて進行させる、という、創作と現実が入り乱れて生きていたダーガーの生涯を表現するのに、実に理にかなった手法で興味深く語られていた。 スクラップコラージュカーボントレース写真拡大。 ダーガーが取る手法は本当に拙くて子供でも出来そうなものだ。 でもそれを17歳から80歳まで生涯かけて毎日やっていたというその凄まじさ。 タイプした膨大な物語、設定資料集とでも言うべき細部へのコダワリノート。 それはみんな、誰に見せるためでもない、自分のためだけに創ったものだ。 そうしないと生きられなかった、と言ってもいいかもしれない。 彼の唯一の拠り所、というより本来の彼の居場所だったのだ。 私が彼の作品を観るときにどうしても思わずにいられないこと、 「これは他人に見せるための、アートとして創ったのか?」 という問いの答えがわかったような気がした。 彼はそんなつもりは毛頭なかった。 彼は、自分が生きるために必要だったものを創っただけなのだ。 ただの生の自分、自分の思いを紙に残しただけに過ぎない。 しかし逆を言えば、それこそが「アート」である、とも言えるのかもしれない。 残念ながらダーガー本人の意思には関係なく。 ダーガーが望んでいない、それを享受するということに罪悪感とともにたまらない喜びを感じてしまっている私。 でも彼の非現実の王国は私にも身に覚えがないとは言い切れないもので それはたぶん彼に魅了された多くの人にとってもそうで 自分の不完全な非現実の王国を圧倒的に補完してくれている作品に言葉を失い 同時に安堵と興奮を覚えるのです。 ほうっておくにはダーガーが余りにも哀れだ、というのは偽善で 純粋に利己的な気持ちで彼の作品に触れます。 ああだこうだ解釈するのは止めて、そっと眺め滂沱の涙を流すに留めます。自分の為だけに。

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