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伊藤の話
2008年4月12日公開

伊藤の話

742008年4月12日公開

taj********

2.0

八雲の想像力と映画の想像力

 原作は小泉八雲の「伊藤則資の話」(『天の川幻想』所収)。温水洋一さん演じる大学教授が、高校教師や助手、そして謎の若い女に翻弄され、身の破滅に向かう様子を描きます。結論からいうと、幻想的なシーンとその他の部分の落差が大きく、かえって安っぽさが否めない出来でした。残念ながら、撮影地・八戸に思い入れのあるか、八雲や温水さんに強い興味のある方しか観る価値はないでしょう。  まず配役について、温水洋一さんの主演は面白いところ突いてきたなー、という印象。彼の実年齢は43らしいのですが、ご存じのとおりアレであります(笑)。演じる伊藤も「妻帯者という話はない」ご本人ぴったりの(?)四十男ですから、前任地熊谷での女教師(江口のりこさん)から八戸大の助手・寺嶋美耶子(田丸麻紀さん)、彼を大学に招いた琥珀館館長(烏丸せつこさん)、そして平重平の娘と名乗る若い女(加藤夏希さん)まで年代も容貌も多彩な美女が現れたことで、彼がふためき慌てる様子はやけに説得力がありました。温水さんは脇役で光るタイプ(ここ、深読みするなよ・笑)だと思いますが、本作ではその立ち位置がかえって女性経験の薄い(頭髪も薄…以下検閲削除)伊藤役に活きていた印象です。  じつは加藤夏希さんとのキスシーンがあります。彼はめちゃめちゃ意識していたらしく、「加藤さんのファンに申しわけないな」と。しかもこのインタビュー、FRASH誌掲載。どこまでもぬっくんですね。  また、伊藤が相手…いや、伊藤“を”相手に振り回す女優陣も妖艶な魅力を醸しだせていました。最高点は田丸さんに与えられるべきでしょう。伊藤教授付という公的な立場ゆえ親切心と、玉の輿にも似た何かを狙う下心、容貌の冴えない中年男に対する母性など、さまざまな感情で伊藤を翻弄する姿が怖いやら美しいやら。加藤さんは出番が少なすぎるうえに画面が暗く、主演級の役どころを取り逃がしていた印象もありますが、日頃のイメージとは違うミステリアスな姿を見せていて、女優としての可能性は大きいと感じました。  で、演技はかなりいいのに、なぜ総合点が☆2かといいますと、  <これ、八戸の観光案内ビデオですか?>  <余計な物語が多すぎて、短編小説の雰囲気ぶち壊しですよ>  という理由からであります。  八戸を初めて訪れた伊藤のために助手寺嶋が街を案内する部分が、じつは映画の半分以上を占めます。「いちご煮」を出す割烹「太一」から「八戸ラーメン」の「千成食堂」グルメリレー、市内中心地のバスセンター兼ショッピングセンター「ラピア」、ウミネコの「蕪島」とリアス式海岸の「種差海岸」、近郊久慈の「琥珀博物館」、しかも赴任先が「八戸大学」と、全部実在の施設・地名を露骨に羅列します。おかげで、原作が求める幻想的な要素が皆無。八戸を撮る必然性はひとつも感じないばかりか、街の紹介が主で、伊藤と女性の物語は従にしか見えませんでした。ご当地映画の悪い面ばかりが鼻につきます。「伊藤則資の話」に具体的な土地のイメージはないはずですが、たとえば八雲に縁のある松江や熊本で撮影する方法もあったのではないでしょうか。  このことが原因で、小泉八雲短編原作にふさわしい文学的想像力が、本作からは完全に削がれていた印象です。原作は短編、しかも男の妄想ありきの実像のない物語なので、僕らが読む際はとくに想像力がいると思います。同じ短編でも「羅生門」などは芥川が映像的なスペクタクルを練りあげた小説なのですが(だからこそ黒澤映画が成立したわけで)、今作は狐隠し的なイメージから逃れられませんので、映像化のハードル自体も高かったと思います。  整理すると、小説は文字から読者に任せる想像力、映像メディアである映画は「見せた」うえでの観客の想像力を前提にしていると思うのです。ところがこの映画は、その「見せる」部分で(すくなくとも分量的には)観光ビデオ路線に完全に逸れてしまった。田舎の観光施設で見せられる地域伝承紹介映像とまではいきませんが、本作に限っては原作に忠実に撮ってほしかったと思います。

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