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memo

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106

dav********

5.0

ネタバレ「手でつまんでも味は一緒だ」

もろもろを考慮して★★★★★を捧げます。 ふざけてる?いや、かなり大真面目にそしてド直球に撮った作品です。とっつきにくいのは事実でしょう。でも、自分の中にいる、自分の意志の届かない「もう一つの存在」のようなものとの格闘を絶妙に描き、本人も演じることができた快作です。 それは実際に経験した佐藤二朗さんだから成し得たものでしょう。彼だからこそ。 一見難解です。事実、難解だと思いますが、リーフレットにもある「闘わないよ、ただ生きてくから」というフレーズをアタマにおいて観てみると、割と分かりやすいと思います。実際、これこそがこの作品の肝です。 強迫性障害、「脅迫」ではありません、「強迫」。不快感を感じると自分の意志とは独立して(たいていは無意味な)同じ行動を繰り返してしまう精神疾患です。有名なところだと、David Beckhamがカミングアウトした疾患としても知られています。 この作品のヒロイン、繭子(韓英恵さん)で言えば、他人へのいじめの現場を見ていらついてしまったり、テストで回答がすぐに出てこなかったりすると、ペンと紙を取り出して意味のない文字の羅列を書いてしまう。それが授業中であろうが、通学途中であろうが、はたまたベッドの中であろうが。体育の時間のように紙やペンがないときは、自分の指を噛み切って出た血で書こうとまでしてしまう。そんな病気です。 この病気がつらいのは、自分がへんなことをしているってことが本人が自覚できてしまうこと。だから人に知られないように隠す。隠そうとする。それがまた苦痛に感じる。それが引き金でまた自分の意志の及ばない力でまた文字を書きたくなってしまう。そんなネガティブスパイラルで症状が悪化するんです。 この作品には2人の強迫性障害を患った人物が登場します。一人は女子高生繭子。なにかあるとメモを取らないとおれないっていうこと以外は、ごくふつうに生きています。 もう一人は、24年ぶりに兄の家(兄=繭子の父)に現れた洋平(佐藤二朗さん)。なにか不快感を感じると手を洗わずにはいられない人。一度やりだすと10回も20回も。 おかげで手はあかぎれで包帯を巻いています。どうやら洋平のほうが重度のようです。とにかく「間」が出来ることを極端に嫌います。 この2人はくしくも、その内なる「敵」に対して相反する行動を取ることになります。繭子は主治医(白石美帆さん)に「闘っちゃだめ、そういうまゆちゃんもまゆちゃんなんだから」を守り通すことになります。一方、洋平は帰り際の繭子にこんなことを言います。「一緒に闘っていこう。」結末がどうなるかは想像に難くありません。 でも、繭子が救われたきっかけは、皮肉にも洋平と向き合い、紙くずの山の存在を指摘されることで自分と向き合い、否定せずに似顔絵を描く一連の行動によってでした。そして、山のように抱えていた白紙をばらまき、破ることで克服しました。 彼女が内なる存在とうまく付き合うことができたことの証が、終盤出てくる小テスト。あの演出は見事でした。主治医も褒めていましたが、傍観しているこちらも「よくやったね」って言ってあげたくなるような暖かいワンシーンでした。 そういえば、今年序盤で一番の傑作と思われる「音符と昆布」のラストシーンとクロスするところがありますね。ちょうどももがかりんをぎゅっとする、あのシーンと同じ安心感と暖かさが、この作品でも終盤に提示されていました。 洋平の部屋に舞う紙切れの吹雪、ビリビリ破る爽快感、一問解くごとに癖である意味不明な文字を堂々と書くすがすがしさ(しかも口ではしりとりしながら)。全てがあの映画とつながっています。 そういう意味では「音符と昆布」によく似た作品といえます。結末はまるで違いますが、本質は同じだと思います。 なにかいろいろ重荷を抱えて苦しんでいる人、きっとなにかの解決のヒントが得られると思いますよ。 作中によく出てくるサトイモを箸でつまもうと格闘するシーンがそれを象徴しています。 ラストカットで繭子はそれまでこだわっていた箸を捨て、素手を伸ばすと、簡単につまむことができるシーンが映し出されます。 そして一言、「味はおんなじだ。」 シネ・アミューズの夜2回、客足もあまりよくないようですが、もったいない。 ぜひ観るべき作品です。おすすめです。

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