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memo

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taj********

4.0

<病気>と<個性>の境目は何ですか?

 ふと入った渋谷シネ・アミューズで前売券を買ってしまったのが2月のおわり。公開後もなんとなく「重そうなテーマだなあ」と観賞を先延ばししていました。レビュアー、ゴンからの手紙さんの後押しもあり、「強迫性障害がテーマなのねー」と前知恵を仕入れて本日夕刻突撃。攻撃してはいませんが。結果、観てよかったと思います。事前のイメージと違いましたが、それもレビューのネタになるくらいテーマの深い作品。久しぶりに論点の絞れた文章が書けそうな予感じゃ(笑)。  まず思いますのは、この映画、10年前なら成立しなかっただろうな、と。医療関係者ならまだしも、本作の主人公・繭子(韓英恵さん)と叔父・純平(佐藤二朗さん)が抱える「強迫性障害」は、「変わった人だなー」と思われるのが関の山だったでしょう。時・場所を問わず、発作的にメモをとらずにはいられなくなる繭子。言葉が突然無限ループしだす純平。  「タイヨウのうた」のXPや「ガチ☆ボーイ」の高次脳機能障害も然りで、かつては「変」で片づけられていた現象が、ある日具体的な病名を得ることで「発見」されることがあります。フィリップ・アリエスが『<子供>の誕生』で論じたように、概念形成は制度と思想の変化の上に起こります。<子供>の形成に大きく寄与した学校システムと、本作が扱う<病気>概念の発達とが同根にあることもまた、ミシェル・フーコーが明らかにしたところです。したがって、いまは僕らが「変わったこと」つまり差別対象と捉えている何らかが、ある日<病気>、つまり「治療し慈しみ管理すべきもの」に化ける可能性は十二分にあるのでしょう。  すると、僕らが常識みたく思っている<病気>と<個性>の区分は、ほとんど意味のない気がします。本作の描写で秀逸だったのはまさにこの点で、登場人物が皆そろって個性豊かすぎるのです。ひとり強烈なKYコントを続ける担任教師・大江(太田善也さん)や、言葉にはできないけど強烈に変な性格の母親・道子(高岡早紀さん)は、いまのところ「個性が強いですねー」で片づけられます。でも、10年後の彼らは<病人>かもしれません。逆の可能性も同様にあります。つまり、<病気>もちである繭子にカウンセラー(白石美帆さん)が言うには、  「(<病気>と捉えて)闘っちゃいけないよ、それも含めて繭ちゃんの個性だから」  強迫性障害のように心理的な<病気>の場合、「闘」病の概念が適用されないというのです。「<個性>と闘う」なる表現がありえないことからも、本作は明確に<病気><個性>の固定観念や線引きそのものに、警鐘を鳴らしていると感じました。僕だって映画観た後は強烈なメモ魔ですが、それを<病気>という人はいません(本当か?)。同じことをしてても、<個性豊か>にされたり<病人>になったり。ちなみに余談で、白石美帆さんだからって頭髪カウンセラーじゃない(笑)とか書こうとしたら…あれ、吉岡美穂さんですがな!あぶねー。  つぎに思ったのは、そういった概念のレッテル張りが、さかのぼって物事の見かたの前提すら左右してしまう、これを考える題材としても「memo」はとても面白い映画でした。  というのも、精神障害が主題の映画にしては、やけに軽薄で笑いを狙い過ぎているぞー、と思わずにはいられなかったからです。とくに前半、純平の登場シーンなどは完全な役得セクハラ映画(佐藤二朗さんは本作の監督でもあります)でしたし、すべるギャグが最後までモーレツに多い(笑)。シネ・アミューズだったからいいものの、これがユーロスペースやイメージフォーラムのような真面目系映画館で上映されていたら、社会派観客の皆様(笑)からきついお叱りを受けたことでしょう。  しかしこの印象のズレ、考えてみれば僕らが「これは強迫性障害の映画だ」と勝手に入れ知恵して、「<病気>ものならかくあるべし」と想定して行ったせいなのです。たとえば「本作はすべるギャグ映画です」とか「怪しい中年男がかわいい女子高生を狙うお話です」とか紹介されて行っていたら、僕らの評価軸も全然別のものになっていたでしょう。「タイヨウのうた」(もちろん映画版)がXPをけっして前面に押しだすことなくして、かえってXPへの認知を深められた例もあることですし、本作においても、強迫性障害自体を雰囲気の核にした物語作りをする必然性は、どこにもなかったのです。そもそも本作のスタンスは、先ほども書いたとおり<病気><個性>を分けないことにあるのですから。  そういうわけで、ある種の期待をしていくと面食らう映画ではあります。しかし、それを明らかに計算に入れている佐藤二朗監督の才能は、凡人の数段上を飛んでいるようです。しかも初メガホンとのこと、今後も映画を撮ってほしいひとりですね。公開規模やテーマは一見地味ですが、観る価値ありの一本です。

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