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バックドロップ・クルディスタン
2008年7月5日公開

バックドロップ・クルディスタン

1022008年7月5日公開

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5.0

難民家族と日本の「僕」

日本にいたクルド人難民の運命を追ったドキュメンタリー映画です。「難民とは何か?」「クルド人とは何か?」ということに、新しい認識が生まれると思います。 前半はクルド人難民のカザンキラン一家の人たちの戦う姿がとても面白い!難民申請許可のために抗議運動をしているのだけど、この家族は感情むき出しで、ほえまくって、日本語で政府をののしるところとか、悲痛さを帯びながらも、どこか笑えてしまうのだ。彼らは命をかけて戦っているのだけど、「ちくしょう!」とか「ばかやろう!」とかクルド人が日本語のそんな言葉を使ってほえているところを見ていると、クスクスと笑ってしまう。たぶん、彼らの「人間としての憎めなさ」がにじみ出ているせいだろう。映画全体を通して、カザンキラン一家の人間味の面白さ、そして家族の絆のなかにあるやさしさ伝わってくる。やっぱり家族ってのは、もっとも古く、もっとも小さい「社会」なんだなあと実感した。 映画の後半から、「僕」、つまり監督の野本大さんが、トルコ、そしてニュージランドへと、「クルド人とは何か」、「難民とは何か」という問いを抱えて旅に出ます。ネタバレになるから言えませんが、この旅に出るきっかけとなるような、ひとつの事実の発覚があるのですが、個人的にはそこが非常に面白いと思った。難民問題の現実のひとつを知った気がするし、僕の中でカザンキラン家の親父の人間味の面白さがグンと増した気がしました。 後半は、トルコでのクルド人の実情を知ることができる。こういう民族問題は、政治的に非常に重要な問題です。いわゆる、同一化と多元主義を同時に実現できるか、という問題。トルコにいる民族はトルコ人、クルド人だけではないし、多民族社会は本当に複雑だということをこの映画をみればわかる。都市によって、人種の分布比率が違うし、経済状態も違っている。日本はまだまだ多民族社会とは言えないが、ここ最近、東京に外国人労働者が増えていることをみれば、民族問題も難民問題も、まったく他人事とは言えないと思う。 まあ、政治的問題はさておき、トルコはおもしろそうですね。特に地中海近くはすごくきれいで、いっかい行ってみたいなーと思えてくる。人もよさそうだし。 ところで、監督は弱冠24歳(僕と同じ!)で、21歳のころから撮り始めて、3年かけて完成させたそうです。実は監督のこの若さが、この映画のひとつのミソでもあります。下に載せた予告編を観ればわかりますが、この監督、野本大さんは「傍観者」であることにいらだち、「クルド人とはなにか?」「難民とは何か?」ということを知るために、旅に出ます。 ロードムービーとしての要素も持っているこの映画を観て、僕は「身体性」というものの大切さを再確認しました。僕は劇映画のロードムービーも好きですし、「旅」というものについてよく考えます。僕としては、旅とは「自らの肉体を動かして、未知のことを知りに行くこと」だと思います。 旅をこのように広く定義すれば、知識を得ることもまた旅に似てくると思っています。研究のためにフィールドワークをすることに「身体性」が伴うのはもちろんのこと、通常の読書にさえも「身体性」が必要です。グーテンベルク以前の肉筆で書物を転写していた時代に比べたらだいぶ差がありますが、現代でも図書館や書籍屋に行き書物を探すことは体を動かさないとできません。そして、そもそも長い間じっと座って書物と格闘することこそに「身体性」があります。 身体を伴って、情報を得ること。現代はそういう「身体性」を失いかけている時代だと思います。「クルド人ってなんだろ?」とWikipediaをクリックして調べることや、何かの動画をyoutubeでパパっと見るようなことが、果たして知識獲得と言えるだろうか。そのような行為は、ちゃんとした「経験」を生まないように思えます。 世界がグローバル化した現代において、自国や自分の地域のニュースと並んで、遠い遠い国のニュースが毎日のように流されています。誰かが言ったように、それらはまるでショーを見ているかのようであり、それらのニュースが切実なリアリティを持って、僕たちに伝わってくることはまれだと思います。 ただ、すべてのニュースや問題が自分に関係があることはないにしても、どこかでは自分に関係しているはずです。それなのに、僕たちはどこか「傍観者」のようにいろんな問題をやり過ごしている。そういうことに対する「いらだち」を、現代人、特に若者は持っているように僕は思います。 話が長くなりましたが、自らトルコ、そしてニュージーランドにまで行ったこの若き監督の態度と作品は、そういう「いらだち」を持つ僕らに何かを伝えてくれると思います。

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