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しあわせのかおり (2008)

監督
三原光尋
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  • みたログ 389

3.64 / 評価:203件

自分の居場所の狭さをどう考えるのか

  • raz***** さん
  • 2018年10月25日 16時10分
  • 閲覧数 482
  • 役立ち度 1
    • 総合評価
    • ★★★★★

ストーリーの構成が綺麗な映画だと思う。

前半は、主人公の貴子(中谷美紀)が王さん(藤竜也)を助け、
後半は、立場が逆転して、王さんが貴子を助ける流れ。

主人公が王さんの料理にほれ込んだ理由は、安心できる味だったから。
でも、後半の婚約のお食事会では、主人公は豪華な料理を作る。
それでは主人公が目指す料理が違ってきていると僕は感じたが、さにあらず。
トマトの卵炒めという素朴で安心できる味の料理が最後に登場する。

豪華な料理を出す前振りとして中国ロケでのシーンがあり、
王さんの帰国を盛大に祝った宴会が、そういう流れを作る。
その宴会と帰国後のお食事会を天丼させて、
王さんの「自慢の娘だ」発言と、若い二人の婚約を重ね合わせて
家族の絆を強調している。なので構成が綺麗。



この映画は料理が題材となっているが、ストーリー的には心を患っている主人公が安らぎの場を見つける物語だ。利潤を求める会社組織の中には安らぎの場はなく、お互いに支えあって暮らしている町内に彼女の居場所があった。

だとすると、王さんの悪口をいう町内の人たちというのはストーリー的にどういう意味を持っているのだろう。主人公がカキ料理を出すための伏線でしかないのであれば、町内のイメージを悪くするのは良くなかったと思う。

それに誰かに言われたからではなく、主人公が自分の意思でカキ料理を出したいと率先して行動した方が、食中毒が発生した時の精神的ダメージも強調されるからストーリー的にもあの悪口はない方が良かった。悪口を言ったことが後々雨降って地固まるになることもなかったのだから。

なので僕的には料理を通して主人公が地域社会にとけこむシーンをもう少し盛り込むべきだったと思う。この映画は町内の連携よりも親子関係を重視している。でも、その選択のせいで彼女の居場所は狭いままだ。狭くても安心できればそれでいいということか。だから、王さんつながりで中国大陸の広さを強引にくっつけたのかもしれない。



そもそも主人公が会社を辞めて料理屋に転職すること自体にやはり疑問符がつく。彼女の動機が弱い。中盤で彼女が心の病を患っていることが明らかになるが、前半の描写では特段、会社に自分の居場所がなかったようには思えない。

強いて言えば、仕事を一人でこなさなくてはいけなくて、誰も助けてくれない環境だということだろうか。そこで彼女は新しい出会いのようでいて、自分の父親に似ているという過去の思い出に縋り付いた。それが前進なのか後退なのか僕にはよくわからない。判断するには彼女にもっと強い動機が欲しい。でも、強い動機を作るために例えば実の父との間に強い絆を作ってしまうと、こんどは王さんとの関係が弱くなってしまう。考えてみるとなかなか難しい。

なので、ストーリーの構成は綺麗なのに、スッキリしない映画だと感じる。

詳細評価

物語
配役
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