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PLASTIC CITY プラスティック・シティ (2008)

PLASTIC CITY

監督
ユー・リクウァイ
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2.54 / 評価:35件

父殺しとニセモノ

  • 文字読み さん
  • 2010年4月19日 0時26分
  • 閲覧数 1300
  • 役立ち度 3
    • 総合評価
    • ★★★★★

2008年。ユー・リクウァイ監督。ブラジルの裏社会で生き延びている中国系の男とその息子のように寄り添う日系人(オダギリ・ジョー)。商売をめぐるトラブルに巻き込まれていく二人が関係の原点となったジャングルへと遡って本当の父子になるという話。殺人もいとわない成り上がりの父、古くからのしがらみ、ニセモノなのに強烈に慕う息子、その恋人の踊り子。オイディプス神話の父殺しへ奇妙な解釈をはじめとして設定のすべてが中上健次の小説のようです。つまり物語への過剰な意識がたっぷり。しかも途中でB級映画のノリになった殺戮シーンなどがあるのだから(B級映画が好きな中上)、まさかとは思うけど監督または脚本家が中上ファンってことがあるのではないかという疑いが。

だから、というわけでもないけれどとても分かり難い展開。小説ならよくても映画でやるとちょっと違うよな、と思ってしまいます。特に、冒頭からニセモノ商品を売って本物の現金を得るのだとオダギリが繰り返すようにニセモノがひとつのテーマになっているのですが、これはもちろんニセモノの父子の別の表現です。そして小説なら、ニセモノの父子の起源はあいまいな謎のままにしておいて、それでも殺すことで本当の父子になるのだということが可能ですが、映画では起源を映さざるを得ない。この映画でも最後に二人の起源がばっちり映像で語られています。それによって、起源をたどるアイデンティティの旅になってしまっている。これは中上とは似ても似つかない振る舞いです。

だいたい「ニセモノで得た金も本物の金だ」ということ自体、「本物」をあてにしすぎ。お金って本物でしょうかね?相場があるのに?ただの紙なのに???同様に、「本物」の父に苦労してたどり着くことってそれほど重要でしょうかと思ってしまいました。

詳細評価

物語
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