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そして、私たちは愛に帰る (2007)

AUF DER ANDEREN SEITE/THE EDGE OF HEAVEN

監督
ファティ・アキン
  • みたいムービー 202
  • みたログ 435

3.91 / 評価:117件

間違ってはいないけど、少々強引過ぎる。

  • 百兵映 さん
  • 2018年3月6日 22時38分
  • 閲覧数 366
  • 役立ち度 2
    • 総合評価
    • ★★★★★

 原題がドイツ語で『AUF DER ANDEREN SEITE』、英語で『THE EDGE OF HEAVEN』、これがどうして邦題の『そして、私たちは愛に帰る』になるのだろうか。(邦題にはがっかりすることが多い。しかし、これはがっかりではなくて、)強引ではないか。「heaven天国(愛の世界、ということか)のedge Seite(へり)」だろ。たしかに、彼らは、へりに居るよね。それを、「そして」って、これから先のことをいうかのように、「愛(heavenの意味?)に帰る」て言い切っていいのか。そもそもこの作品は、そういうことを言ってるのか?

 分からないんだな。理解が及ばないんだな。3組6人の親子の物語。その中のふしだらな親父が娼婦を殴り殺した。そういう親を息子が赦すことができるだろうか。殺された娼婦の娘が、殺人犯とその息子を赦すことができるだろうか。そのまた娘と関わったことによって赤の他人の娘さんが事故(事件)死で命を落とす。その母親が、娘を死に至らせた外国の政治活動家を赦すことができるのだろうか。

 普通であれば憎悪の連鎖で、「そして、皆は地獄に堕ちる」のは明白なので、それではいけないから憎悪の連鎖を断ち切れ、という説法も良く分かるのだ。だが、この映画では、国境を越えて3家族6人もの間にこれだけ負の連鎖を展開しておいて、いとも簡単に理解し合い、赦し合う、かに見える。少なくとも、邦題はそのように誘導している。

 本当は(制作意図は)、「そして……」とも、「私たちは……」とも、「愛に……」とも、ましてや、「帰る」とも言っていないのだ。あくまで、edge = 瀬戸際に居るんだ。天国に帰るのか地獄に堕ちるのか、その瀬戸際にいるのだ。

 赦すことができて、和解して、共に帰る所が見出せれば、それは素晴らしいこと。しかし、「何が彼(彼女)を赦させたか」という肝心のところは説得力に欠ける。「罪だ、償いだ、赦しだ」という奥深い心情や衝動を、軽く「愛」などといって誤魔化さない方がいい。

 間違ったことを言っている作品ではないが、少々強引過ぎる。

詳細評価

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