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コトバのない冬
2010年2月20日公開

コトバのない冬

942010年2月20日公開

taj********

4.0

日常を極めたら、映画の可能性がみえてきた

 俳優・渡部篤郎さんの初監督作品にして東京国際映画祭コンペティション部門出品作です。技術的な問題は当然ありますし、低予算自主制作ということで映画祭特有の華やかさとも無縁。でも、こんなに地味で、でも監督の顔のみえる映画が生まれてきたこと、それが巨大予算作と肩を並べてコンペにいることを嬉しく思いました。  お話の舞台は北海道の小さな町、由仁町、まだ雪深き3月。父親・遼一(北見敏之さん)と変哲もない日々を暮らす、黒川冬沙子(高岡早紀さん)が主人公。彼女は夕張へ薬を届ける途中、閉園した遊園地の施設を管理する男、門倉渉(渡部篤郎さん)に会います。渉は言葉が口にできない人物。不思議とひかれあうふたりなのですが、ある日冬沙子が落馬、以前10日間ほどの記憶を失ってしまい―という物語。  ところで「コトバのない冬」は監督原案です。ひとつの物語が元来あったのではなく、まず夕張の土地、閉鎖された遊園地が印象にあり、落馬と記憶喪失の体験も別にあって…と、ばらばらにアイデアが出てきたと監督は語ります。「土地」という言葉を何度も使われたのが印象的で、もしかして監督は、地霊に撮らされたのかもしれませんね。  さて、彼女が落馬さえしなければ、“映画的”な事件すら皆無の、平凡に平凡を重ねた日常がテーマの作品です。なにをさておき、この日常の描きかたが、独創的で素晴らしかったです。  脚本はあるんか?と疑うほど、冬沙子たちはナチュラル。手持ち中心のカメラワークも相まってホームビデオの雰囲気すら。しかし同時に、外野の僕らが観ていてもほっこり面白く書かれている感じ。脚本はあの岡田惠和さんですが、監督いわく「俳優ひとりひとりに任せることを先生に伝え、“ゆるく”書いてもらった」とのこと。「ちゅらさん」の例もあるように氏に日常風景書かせたらピカイチなのに、あえて監督、俳優の裁量を大きくしてきました。  とすると、俳優さんの“演技(とは思えないけど…)”の責任は大きい。でも、高岡早紀さん以下、心から“そこにいるような人びと”になっていて驚きました。自主制作ということもあり、渡部さんがプライベートも知っている人々を、あて書きのように配したそうです。おかげで家庭の場面なんて最高に日常くさい。みどりおばちゃん(渡辺えりさん)の“田舎のおしゃべりおばちゃん”ぶりが傑作。脚本以上のこと勝手に喋り続けてたとしか思えないし、そんな逸脱を、冬沙子や妹・早知(未希さん)も自然と笑って返しています。  撮影上の特徴は、リハなし、NGなし一発撮り、無理にカットをかけないカメラ回し、とのこと。  (1シーン5分回し続けたのもザラだったそうな。)  おばちゃんのアドリブ弾丸トークはこのおかげでしょう。そうでなくとも、天気の変化が激しい北海道冬ロケならば、状況によって彼らの想いはすぐ変わるはず。そんな北海道の日常に対する愛着が窺えました。大雪になったら、冬沙子から父親への電話は「寒い」「雪」が乱発されてたし…佐藤二朗かよ!くらいに(笑)。  あとひとつ、記憶がキーワードの本作、映画で普通この語が出ると、“残る”記憶のことですよね。でも「コトバのない冬」は、日常の中の記憶のお話。だから(僕らの日常生活がさほど記憶に残らないように)記憶は抜けて当然、のスタンスでした。冬沙子のように記憶喪失にならずとも忘れてしまう日常、ある意味残酷だけど、映画の上映と違って日常は続いてゆくんだ、そんな想いの強く残る終幕でした。  もともと日本の映画は“半径3メートル”=日常の描写が得意と聞きます。日常を描く邦画は多いけれど、それでも創った痕は大抵嗅ぎとれるものです。  しかし「コトバのない冬」は、本当に日常の純度が高い。日常描写を突き詰めたらすごいオリジナルができてしまったという、奇妙な倒錯を目撃した94分間でした。  というわけで“演技”は全員、文句もありません。高岡早紀さんの横顔、篤郎さんの訥々とした動き、渡辺えりさんの口(笑)。目新しい演技をしているのではなく、逆に、フツーフツーを志向しています。これがいかに大変なことか、監督へのティーチインで質問に立った僕は実感しました。第一声、ひっくりかえったもん(笑)。  冒頭に書いたとおり本作はTIFFコンペ出品作。有名俳優の作とはいえ超低予算の自主制作映画です。抜擢した映画祭関係者のみなさまに拍手でごさいます。お世辞にも完璧ではないけど、作り手の“顔”がはっきりと見えてくる本作。凡庸な大作よりも独創的な小品、鶏口となるも牛後につく勿れ。それこそが真に、TIFFコンペ部門ディレクター・矢田部吉彦氏の言う「映画のもつ広い可能性」(公式プログラムより)だと、僕は思っています。客観的には星3つくらいかもしれません。でも、可能性をみせてくれた渡部監督と映画祭に敬意を表し、プラス1点とさせていただきました。

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