2010年7月17日公開

精神

MENTAL

1352010年7月17日公開
精神
3.6

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作品情報上映スケジュールレビュー

あらすじ・解説

外来の精神科診療所「こらーる岡山」には、年齢も性別も症状もさまざまな人々が通ってくる。自殺未遂を繰り返す人もいれば、何十年も病気と付き合い自らの哲学や信仰、芸術を深めていく人もいる。さまざまな心の問題を抱えた人々の精神世界を照らし出しながら、現代に生きる日本人の精神のありようを克明に描き出していく。

シネマトゥデイ(外部リンク)

本編配信

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予告編・動画

作品レビュー(51件)

切ない20.9%知的18.6%泣ける12.8%悲しい11.6%笑える8.1%

  • sss

    2.0

    面白くない

    結構長いし大部分早回しで観た。 衝撃的な事を語る人も中にはいて、事実の記録という意味では多少は価値があるが、ほとんどつまらん内容である。 /2.5(202108)

  • par********

    3.0

    精神はあっさりと人を殺す

    想田監督の映画を観るのは初めてだったけど彼が自身の作品を観察映画と名付ける理由がわかった。森達也が確か「ちょっとでも人の手で編集が入れば、それは既に意図が入り込んだフィクションだ。」といったようなことを言っていた記憶がある。 ふつう、ドキュメンタリーといっても物語があって、個々のシーンには意味があり、山があり谷があり、クライマックスに到達するのが一般的だ。想田監督の観察映画は映像から編集と介入を極力減らし、可能な限り映画からフィクションを廃そうとしている。テーマに一貫性はなく、統一した物語も存在しない。淡々とそこに存在する事実を映し出す。ドキュメンタリーの限界に挑戦する作風だ。そのノンフィクションに対する誠実さが良いと思った。 もちろん誠実さというのは往々にして面白味のないモノで、この映画もあまり見所といったようなシーンはないのだけれど、そこはやっぱりドキュメンタリーの要点は抑えていて、要は対象がオモシロけば良いのだ。 この映画に出演する精神患者たちは症状も性格もヴァラエティーに富んでいて面白い。やはり精神患者特有の...プレコックス感というんだろうか、その会話や態度に何かしらの違和感を感じる場面もある。一般社会に馴染めないとしても、こういうコミュニティーはコレはコレでキツイなぁと僕は思った。 個人的には、精神病という陰鬱さより、中途半端な田舎都市の持つ空気感のようなモノが堪らなかった。窓を開けると殺風景に団地と民家が並ぶ光景、短いスカートを履いた女子高生が階段でたむろする様子、民家を流用したヤニで黄ばんだ待合室でタバコを吹かし合って語り合う空気感。なんかイヤだ 街全体が陰鬱なのか、撮影対象が暮らす周辺が陰鬱なのか、ソレはよく分からなけれど、その陰鬱さの醸成に想田監督が噛んでるのは間違いない。患者が家の汚れきった排水溝を開いて掃除しようとするシーンを執念深く撮影する場面でソレを思った。この映画でもっとも気分が悪くなったシーンなのだけれど、映像の全体的な輝度の低さ含めて何となく意図的な陰鬱・沈滞感を全体的に演出してるような気がしないこともない。 会計してる人のセーターがやけに野暮かったり、待合室でポエムを合唱したり、支援センターの頭上から白く輝く蛍光灯だったり、民家を流用した生活感の残る診療状だったり、狭っ苦しい上に病院食みたいなルックの食事が出る食堂だったり、そこらじゅうに服や布団が無造作に積み上げられる患者の部屋だったり、そして何より生気の感じられない患者の顔が、そんな重く沈滞した空気感が僕を落ち込ませた。なので一番大きく残った印象は、死んでも岡山に住みたくねぇなだ。 患者の身の上話は示唆に富む話しが多くて面白かった。とくに印象に残っているのは20代に親の世話と子供の死で鬱を患ったという女性。途切れなく溢れる口上にどこか尋常じゃないものを感じつつ、自虐のようで自己弁護のような(僕もよくやる)、彼女の悲劇を聞いていると、最後にどんでん返しのようなビックリな発言がぽろりと出てくる。その瞬間に精神疾患というモノの洗礼を受けたうような気がした。 中盤は小泉政権時代の福祉保護法の改訂にフォーカスが移る。実際にこの法案がどのように運用されたのかは知らないが、精神病者の大敵は金ということに気づいた。診察代・薬代はもちろん、就職すること自体が難しい。実際にこの映画に出演している患者の状態を見ても、自立に至るには程遠い人が多くいる。福祉の霞でなんとか社会性を保っている。患者の「出来ない」という事実に社会は真摯に向き合うべきじゃないか。 最後は福祉センターで電話越しに荒々しく言い合う男性を撮影する。その人の話っぷりはあまりに傍若無人で電話の向こうからもあまり相手にされてないのが伝わってくる。最後に彼はバイクで信号を無視して夜の街に消えていく。もし僕がさっきみたいにその人に絡まれたら相当腹が立つと思う。でも本当に悪いのは彼なのだろうか。その暴力性も、非社交性も、恐らく脳の疾患に依るものなのだ。 ある患者が頭のなかに「インベーダー」がいると言っていた。もしそのインベーダーが暴れたら、自分は何をしでかすか分からないと。人の精神とはそれくらいアンコントローラブルなのだ。その事自体に健常者も障害者も違いはない。 そのことに気づくと、「◯◯が悪い」という価値判断そのものが、本質的に無意味に思えてくる。精神疾患は遺伝性がある、スティーブン・ピンカーはブランクスレート説を批判した、人は生来から否応なく社会に対する適応性を”定められている”。 その責を当人に求められるだろうか。ただし当人は、その定めに抗うことも出来る。そう思った。 そしてクレジットに衝撃を受けた。精神はあっさりと人を殺す・・・

  • qui********

    5.0

    スクリーンの中に「自分」を見出す

     きのう、『ハゲタカ』を観たその足で新宿から渋谷のシアターイメージフォーラムへ移動。想田和弘監督、ドキュメンタリー映画『精神』を観た。同監督の『選挙』の高い評判は知っていたが、自分が国政から市議選まで、選挙で応援弁士などを幾度となく経験していたため興味薄で観ていない。小泉自民党公認選挙は、どんなに腐敗した権力臭と泥臭さがあろうと、無条件で無党派層のゲタがはかされた時期。結果もみえているから、と。しかし今回の『精神』を鑑賞して、やはり観てみないと判断はできないと感じた。  舞台はある岡山市の精神科診療所。登場する“現代の赤ひげ”(まったく誇張でない)山本昌知医師の元に通う、精神疾患の患者さんたち、勤める看護師、付属施設などを取材した作品。患者一人ひとりが語りだす「人生」、彼らが抱える宇宙から噴出する壮絶な「物語」から、障害者自立支援法の「自立阻害法」ぶりの現場での実態まで、「ベールの向こうにある世界」(作品内で監督が患者との対話で語る)を、限りなく同じ高さの目線で記録し、編み出したドキュメンタリー。さきほど初めてみた予告編で、平田オリザ氏が「ドキュメンタリーの臨界」と評すのに納得する。  ここで患者が語った吐露の内容いちいちをこと細かに書くのはやめよう。なぜかといえば、程度の差こそあれ、人生の大問題はおしなべて万人が抱えている問題だからだ。その出来事を比較しても始まらない。ただそこに差があるとすれば、その問題などに起因する精神の営みを自ら制御できるかどうかの違いに過ぎないし、できなければ「病」となるのかもしれない。まさにそれを、どうしてもできない人々(もちろん意識的でない患者も存在する)、化学的に投薬が必要なのが「精神疾患」なのだ。だから自分も含め、多くの観客が画面の中に「自分」を見出すしてもおかしくない。  ただ一つ、驚いたシーンがあった。何気なく、しかし当然意図的に挿入される、ネコが歩き、鳥が休み、風がそよぐ街の風景のシーンのなかで、映りこみではなく正面から街角に張られた「日本共産党」のポスターを映し出すものがあった。監督は恐らく散々、前作で政争にあけくれる政治屋たちを見てきたに違いない(いまの国政も同じだ)。一方で、患者の一人が「ほんと小泉やってくれたな」とこぼす、必死に生きる人びとを、良心的に運営している病院ほど窮地に追い込む政治状況があることも知ったのだろう。そうした発露から、あのカットになったとしか思わざるを得ない。  最終エピソード、運営施設内で職員や時間も気にせず私用電話をかけまくる患者の、あの濃密な厳しさは忘れがたい。一方で、5年に一度自分が分からなくなり、そのときに罪を犯してしまったのならば償わなければならない、と寂しそうに吐露する患者の苦しみは想像を絶する。彼の頭の中でインベーダーと名付けた声がする、ことをほかの人に言っても理解してもらえないのは分かっているから、と。山本医師が、まず患者の話を聴きなさいと後進に助言していた。彼らは徹底的に無視されてきたのだから、と。想田監督が映し出し、我々が観るという行為において、この先生の言葉はバトンとしてこちら側に渡されたことは確かだ。

  • sav********

    4.0

    精神病者って?健常者って?そのちがいは?

    公開初日の2回転目で鑑賞。 筆不精なのもありますが、時間をおいて、 感想を書きたい衝動を抑えきれず間があきました。 劇場は1回目満席、 2回目も満席+立見と大混雑。 この映画館が、ここまで混んでいるのは、初めてみました。 1回目には、 想田監督一作目『選挙』の山内さんも ご家族で見に来ていらっしゃったようで、 売店で、映画のグッズをお買い求めになっていました。 近くの公園では 『精神』公開キャンペーン? 人生相談のようなものも開催。こちらも大盛況だったのでしょうか?? ★彡     ★彡 自分の身に寄せるか、 傍観者としてみるか、 感想書きづらいなぁ。 よく病院が撮影許可を出してくれたなぁ。 予告編の作品紹介コメントと、おんなじこと思っちゃった。 健常者と精神病者のちがいが、わからなくなってしまいました。 “自分は、おかしいかもしれない。心の病気かもしれない” そう思い当たって病院に行くだけ、 通院者のほうが健常者なんじゃないか。そんな気がしてなりません。 様々な患者さんが、ドキュメンタリー・観察映画ですので、 ありのままの姿で、登場してきますが、身近にそっくりな人いますからね。 でも、そういう人に限ったことではありませんが、 人って、自分が普通・自分が正解と、非常に思い込みたがる生きものですから、 自分の異常性を仮に見つけたとしても、一生懸命、否定してしまうんですよ。 ちっとも異常じゃない、正常だ、正常だ、と。 だから、ここに登場してくる人たちって、 すごく、勇気のある人だと思うんです。 だって、自分の異常性と真正面から向き合っているわけだから。 〈 精神病者と健常者との間には、目に見えないカーテンがかかっている 〉 自殺者も多数出て、精神病院も1ヶ月待ち、時には2ヶ月待ち。 そんなご時勢ですから、絶対に皆さんの周りにも、1人はいらっしゃるはず。 想田監督が、関心を持つきっかけになった、 自分自身の、燃え尽き症候群のような精神疾患にかかりかけたではないですが、 わたくしも、あまりの多忙さに、似たような状況に陥ってしまったことがありますからね。 幸いなことに、“かかりかけた”、で済みましたが。 ラストで登場してくる人なんて、 そっくりな人、外食店勤務時代、 大勢、お客様として食べに来ていましたからね。 スクリーン見ていて、次の行動読めて、しかもその通り行動する。 あの方が、精神病者なら、 乱暴な話、健常者は、いなくなってしまいます。 ★彡     ★彡 撮影許可をした病院、撮影許可をした患者さん、あっぱれです。 カーテンがかかって見えない世界。 カーテンを開けると、そこには思いもよらない世界が広がり、驚愕します。 そう、いま自分が、毎日を過ごしている世界と、なんら変わりもない世界だから。 うん、ある意味とらえようによっては、 『ハゲタカ』と同じ。現代のご時世に、超マッチした作品と言えるのかもしれません。 一見の価値は、十分にあると、ここに宣言をさせていただきます!!

  • can********

    1.0

    映画版ナニコレ

    予告編が気になったので観たら地雷が爆発した。 今にして思えば「観察映画」なるわかったようなわからない キャッチフレーズで警戒しておくべきだった。 即物的に撮影した映像を切り貼りして流すだけである。 それも会話の辻褄が合うというくらいの基準だろう。 病者と関係スタッフの実像を物理的に眺めるという 資料的価値はあるのだろうが作品性はない。 監督にこの対象にどう向き合うかという姿勢がないからである。 途中途中挿入されるステロタイプな映像が底の浅さを象徴する。 木の枝からぶらさがる葉…はかなさの表現ですか。 こども達、街の人々…病と対照的な健常さですか、はあ。 前作もそうだがそこそこ売れてるそうな。わからないでもない。 なんとなく気にはなるけど自分で調べるのは面倒くさい、 それを手軽に見せてくれる。某局のバラエティーにあったな (あっちの方が最低限の作品性はある)。 しばらくは似たようなことを続けられそうだ。 わからないのは仕方ない。専門家じゃないのだから。 しかしわかろうとしないのは作家として致命的である。

スタッフ・キャスト

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基本情報


タイトル
精神

原題
MENTAL

上映時間

製作国
日本/アメリカ

製作年度

公開日