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ディア・ドクター (2009)

監督
西川美和
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  • みたログ 3,380

3.92 / 評価:1391件

<貴方>の答えは、なんですか。

  • エンジェル さん
  • 2009年6月21日 15時28分
  • 閲覧数 690
  • 役立ち度 187
    • 総合評価
    • ★★★★★

西川監督が描く「人」は、観客の感情を揺さぶり続ける。

「イヤな奴だな」と思わせておいて、ソイツの善なる部分を見せてみたり。
逆に「イイ人だな」と思わせて、その心の中にある闇を暴いて見せたり。
登場人物に対しての観客の固定観念を、とことん毛嫌いする監督、なのかもしれない。
それは前作の【ゆれる】でもそうだったと思う。

人間は、善だけでも、悪だけでもない。
時と場合、対峙する人によって、人は悪人だったり善人だったりする。
だから人間がつく「嘘」も、善だけではなく、悪だけでもない。

    「その嘘は、罪ですか。」
    
     罪だというなら、その罪を犯した人は悪人ですか。
     そうではない、というなら、その嘘を何と呼びますか。
     その嘘をついた人を、貴方はどうしますか。

よかれと思ってした嘘が、誰かを追い詰め、傷つけることがある。
自己保身のための嘘が、誰かを救い、喜ばれることがある。
当然、その逆もある。
それはワタシたちが日常的にさらされていることで、目新しいものではない。
でも、あまりに日常的で、忘れてしまうことでもある。

監督によれば「周囲の意見により、後から加えた」という<喫茶店でのシーン>は
多くの人に、強い印象を与えるのではないだろうか。
善や悪は、人がそうしようとして為されることではなく、
結果として、意味づけられることなのだ、と。

自分は善人でも悪人でもなく、ただの人なのだ。
他人は善人でも悪人でもなく、ただの人なのだ。
善悪の色付けは、
自分が勝手にすることであり、他人が勝手にすることである、ということ。

だからこそ。
偶然に生まれた善の有難さを。悪の悲しさを。
西川監督は、映画の中の「人」を使って、観客に見せつける。

伊野(笑福亭鶴瓶)の、人のよさそうな笑顔に対し、
全てが明らかになった後で、かづ子(八千草薫)が見せる無垢な笑顔が恐ろしい。
…しかし、やっぱり、そこで終わらせたくはない監督なわけで。(笑)
「そこで終わらない」ゆえに、あのラストシーンは予想通りとも言える。
ワタシの心は揺さぶられたまま、エンドロールを見続けていた。


とはいえ、「揺れ動く」のも、そろそろ変えてもいいのではないか。
答えが出ないのが「人」ならばこそ、「人」は答えを欲しがる。
ワタシは、彼女の監督としての「揺れ動く意見」ではなく、
「西川美和」として選ぶ「答え」、選ばざるをえない「答え」を観てみたいと思う。

その期待分の☆を次回作へ回して、☆4つ。

詳細評価

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