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空気人形 (2009)

監督
是枝裕和
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3.87 / 評価:3532件

欠如した私たちの物語。

  • -1 さん
  • 2009年9月27日 0時21分
  • 役立ち度 105
    • 総合評価
    • ★★★★★

まずなによりこの映画と吉野弘さんの「生命は」という詩に出会えたことに感謝。
寓話のようなこの作品が現代人の心を残酷なほど精確に切り取っているように思えてなりませんでした。
(詩的で、言葉少なな演出のため、事前に雑誌などで映画紹介の記事を読んでおかれた方がいいと思いました。)

ファミレス従業員の秀雄(板尾創路さん)の空気人形(ペ・ドゥナ)は「ノゾミ」と呼ばれ、秀雄のかつての彼女の「代用品」であり、性欲処理の道具。
ある日、そんな空気人形が心を持ってしまう。
メイド服に身を包み、街に飛び出した空気人形が目にするのは何かが欠けた人間たち。
ふと入ったレンタルビデオ店で従業員の純一(ARATAさん)に一目ぼれした空気人形はそこでアルバイトをすることに。
徐々に純一と心を通わせる空気人形。
ある日、梯子から落ちて空気が抜けてしまった人形に純一は自ら空気を送り込む。
好きな人の息と幸福感に満たされる空気人形。
しかし家に戻れば秀雄とのセックスが待っている。
だが、ある夜秀雄が別の新しい人形を買ったことを知り、空気人形は自分が心を持ってしまったことを告げ、秀雄に尋ねる。
「私のどこが好き?私じゃなくてもよかったの?」
秀雄は「元に戻ってくれ、こういうの面倒だからお前にしたのに…」と告げる。
傷ついた空気人形は街を彷徨い、生みの親の人形師(オダギリジョーさん)の元に辿り着く…。

「なんで私なの?私じゃなくてもよかったの?」という空気人形の痛切な思いが胸を打ちました。
私たちの替えなんていくらでもいるのかもしれない。
それでも他の誰でもない、私自身を認めてほしい、受け入れてほしい。
まさに空っぽの空気人形は私たち自身を投影した存在。
空っぽの自分を補うために、着飾ったりするけどやっぱり満たされない。
欠如した私を満たしてくれるのは「他者」の存在。
「生命は/自分自身だけでは完結できないようにつくられているらしい」
「生命は/その中に欠如を抱き/それを他者から満たしてもらうのだ」
という吉野弘さんの詩が全てを物語っているようでした。

私としては、人形師の空気人形への問いかけ――君が見た世界は、綺麗なものもあった?――
で終わってもよかったかな、と思っていました。
その後の展開は、なんとなく救いがないように思えたのです。
誰かを満たしてあげたいと思っても、それが叶わないこともある。
いや、むしろそのほうが多いのかもしれない。
だったら、私たちはずっと満たされないまま、何かの代用品として生きるしかないのだろうか?
そんなことを考えていましたが、パンフの中でラストシーンについて
「それまでまったく縁のなかった人形とOLの間に奇跡的に芽生えた結びつきには、
人と人とがつながりうる無限の可能性が託されているかのようだ」
という批評(高橋諭治さん)があり、やはりこれも
「互いに欠如を満たすなどとは/知りもせず/知らされもせず」
「私も/あるとき/誰かのための虻だったろう あなたも/あるとき/私のための風だったかもしれない」
という吉野弘さんの詩にリンクした結末だったんだろうなぁ、と納得。
人と人の関係は綺麗事ばかりじゃない、思いが受け入れられないかもしれない。
でもまずは恐れずに外へ出よう、傷ついても、転んでも、誰かとつながれるかもしれない。
そんな前向きなメッセージが込められていたように思えました。

ファンタジーなのにまるでドキュメンタリーのように辛い現実を突き付けてくる本作は
描写自体も清濁併せ呑むスタンス。
性描写についても、純一の息で満たされていく空気人形の姿はおとぎ話のようではあるものの、
ペ・ドゥナさんの恥じらう視線、上気した頬、艶めかしい表情が驚くほどに官能的。
その後のまさに「浮遊感」は観ていて微笑ましく、こんな感動を味わいたくなってしまいます。
一方で、性欲処理の道具として、目を背けたくなるような描写も。
好き嫌いは別れると思うのですが、私としては上辺だけ取り繕うのではない、作り手の誠実な姿勢が感じ取れました。

どこかピノキオを彷彿とさせる内容でもあり、「A.I」をご覧になった方だと既視感を覚える場合もあるかもしれません。
しかし、「空気人形」というファンタジックでもあり、生々しくもある存在に重ねて
欠如を抱く私たちの物語を紡いだ点は何とも秀逸だと感じました。
私としては今年1番の作品。
ぜひもう一度見たい作品です。

詳細評価

物語
配役
演出
映像
音楽

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