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ヒラリー・スワンク IN レッド・ダスト (2004)

RED DUST

監督
トム・フーパー
  • みたいムービー 18
  • みたログ 140

3.96 / 評価:26件

フーパー氏

  • bar******** さん
  • 2017年10月30日 15時15分
  • 役立ち度 2
    • 総合評価
    • ★★★★★

レッド・ダスト。なぜか邦題は『ヒラリー・スワンク IN レッド・ダスト』となっていますが、この「IN」はおそらく主演という意味の”starring in”を示すもので、何でこんな不思議なタイトルのままなのかわかりません……劇場公開されてないからでしょうか?

監督のトム・フーパーってどこかで見たな……と思ったら『英国王のスピーチ』ですか。どおりで……と思いました。演出や脚本など、あの作品を思い出します。
ストーリーは面白いのですが、映画としては凡作の粋を出ないと思います。
『英国王のスピーチ』も別にダメな映画ではないのですが、特筆すべき映画だとは思えません。この『レッド・ダスト』も同じです。シーンのクオリティでいえば、そうなります……。

まずはじめに、導入において、舞台の説明の方法がよくありません。南アフリカの戦いの歴史について知っていることを前提として話が進められていきますが、真実和解委員会のくだりまで、まったく何のことを話しているのかわかりません。すこしテロップか何かで具体的なことを説明すべきだと思います。キャラクターの置かれている状況がわからないままでは、意義が不明確なシーンがずっと続くからです。真実和解委員会がどういった背景や概念を持つのか、あらすじを読んだだけではわかりません。我慢強い視聴者でなくては、後の宝物を逃すことになってしまいます。

ストーリーは面白いのですが、白人目線でのこういった(あの『ホテル・ルワンダ』もそうですが……)映画は、なんだか腑に落ちない感じがします。途中に出てくる南アフリカの人びとも、白人が思う「アフリカン」という人工的な感じがして好きになれません。またこの映画は商業寄りになっていると思います。つまりどれだけ衝撃的で感動するストーリーでも、するりとした後味の良さがあります。そのまま何にも考えずに眠りにつくことが出来る、そういう後味の良さです。真面目な素材を扱っている以上、こういった白人目線での商業映画制作は、違和感を覚えます。
じゃあアフリカ人の作った映画じゃないと見る価値がない、とそういうことではありません……。白人たちがどれほど黒人たちに歩み寄れるか、ということが大事なんです。こういった映画は、どれほど差別反対や人種共存を訴えようとしていても、制作者は白人サイドを出ていません。彼らが黒人サイドまで出ていって、そこで学んで、彼らとともに作品を制作しようという意気込みが必要なんです。そういった「誠意」や「熱情」は見ていれば分かります。この映画の口当たりがよく、テレビドラマ風で、つまりリビングルームに流しても問題ないような映画であること、人の価値観を変えるようなどぎつさがなく、常識の範囲内で物事を訴えようとしていること(当たり障りの無さ)、その後味の良さは、真実を欧米流に変換した姿である印象を与えます。真実は決してこんな口当たりがいいものではないからです。
見ている人間を不愉快にさせるショッキングな映像を流せ、というわけではもちろんありません。しかし誠意を持って、真実の姿をできるだけ崩すことなく伝えようと、誇りを持って骨を折っている人の作品は見てすぐ分かります。重要なのは、こういった商業映画で、南アフリカの真実を伝えた・理解できた、と人びとに思わせてしまうことです。真面目な素材を商業映画にしてしまう不遜さだけではなく、実害まで持っているのです。

この映画の良さはストーリーです。緊迫感のある、また悲しいお話です。演出はぜんぜんなんですけど……。でも素直に賞賛できない不遜さを持っています。この不遜さは『英国王のスピーチ』の時にも感じられました。これが名作などといわれて恥ずかしいと思った方がいいと思います。

詳細評価

物語
配役
演出
映像
音楽

イメージワード

  • 恐怖
  • 切ない
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