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僕の初恋をキミに捧ぐ
2009年10月24日公開

僕の初恋をキミに捧ぐ

1222009年10月24日公開

cyborg_she_loves

2.0

こんな映画に泣いちゃ駄目です

号泣した、っていう人、多いみたいですね。  みなさん、これに号泣するってことが何を意味するのか、ちゃんと「理解」して号泣しておられるのかな、ってちょっと気になりました。  現代でも「脳死」を人の「死」と見なすかどうかは、あくまでひとりひとりが自分の人生観によって決めるべき問題です。脳死を人の死と認めない人にとっては、脳死者をドナーとする心臓移植は明白な「殺人」です。  先日、妊娠16週で脳卒中で倒れて脳死状態になった女性が、117日のあいだ医師の努力で「生命」を維持し続け、最終的に妊娠34週で元気な赤ちゃんを帝王切開で出産した、というニュースが流れました。  もし「脳死」を一律に「死」と見なすとしたら、この子供は大きくなって「あなたのお母さんはどんな人だったの?」と聞かれたら、「お母さんは私を生んだ4ヶ月前に死んでいました」と答えなければならないことになる。そんなことって、あっていいでしょうか?  この繭(井上真央さん)が「お願いしますお願いします」と連呼するシーン、これ、脳死を死と認めない人の目から見たら、「殺してください殺してください」と叫んでることになります。  私はこれを感動的なシーンとして映してる監督の、あまりの無知さ加減に、腹が立って仕方がありませんでした。  最近こういう、余命の短い主人公を登場させたら客は泣く、という定型パターンで作られた映画やテレビドラマが量産されていますが、私たちもいい加減こんな無知性な製作者の計算どおりに涙流すのはやめましょうよ、と言いたくなりました。  それにもうひとつ、世の中、すべての人がいつでも必ず「死にたくない」と感じているわけではありません。「死にたい」という感覚に本気で囚われたことのある人にとっては、逞(岡田将生くん)の言動は、あまりにも単純で、無思考なものに見えるでしょう。  「おまえにはわかってないよ、死ぬってどういうことか」という逞の言葉に、「いや、わかってないのはあなたの方ですよ」と言いたくなった人は、私だけではないと思う。  生きることよりも、死ぬことの方が、じつは100倍も単純で、楽なことなんだ。それがとことんわかった上で、それでもなお生きることの方を選ぶ人生は、ただ単に死にたくないから生きているだけの人生より、100倍も尊いのだ。そういうことを、あなたはわかっているのでしょうか? と。  ただひとつ、考えさせられたことは、臓器提供を受けた人が、もしも何かの間違いでその臓器提供者が誰であるかを知ってしまったら、そしてそれが自分の知っている人物であったとしたら、どうなるだろう、という問題です。  もちろん現在の移植医療は、こんなに馬鹿馬鹿しいやり方でドナーの素性がレシピエントに知れてしまうほど幼稚なシステムにはなっていません。この映画を作った人は、もう少し移植医療のことをまともに勉強してから作れよ、とは思いました。  だから、もちろんあくまで純然たる空想上の話ですけど、もしドナーが自分の大嫌いな人物であることを知ってしまったとしたら、その人の心臓が自分の体内で脈打ってるってどんな気持ちだろう、と想像して、ちょっと鳥肌が立つような感覚を味わったことは、収穫ではあったかなとは思います。  この映画の悪印象をひっくり返すほど大きな収穫ではありませんけれどもね。とにかく、製作者の無知性さ加減に呆れた映画でした。

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