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運命のボタン
2010年5月8日公開

運命のボタン

THE BOX

1152010年5月8日公開

raz********

3.0

ネタバレ文化や価値観の違う相手との意思疎通の難しさ

あんまり良いつくりの映画ではなかった。この作品における善悪の判断基準が僕の直感と違っていた。主人公夫婦は本当にあんな酷いことをされなきゃいけないほどの悪者だったの?悪者はあの宇宙人の方じゃないの?という気持ちになった。 でも、映画に何度か出てきたサルトル(哲学者)のことをググると、何となくこの映画が言わんとすることは分かった(ような気がする)。 サルトルはレヴィストロースと論争しており、その論争内容をストーリーに埋め込んだのがこの映画のようだ。サルトルが「人類の進歩は一本道だ」という西欧がトップランナーだみたいな趣旨のことを言ったのに対して、レヴィストロースが「価値観は多様で相対的であり、優劣はつけられない」と反論したという論争。 この映画では宇宙人が自分の価値観を地球人に押し付けていたが、その様子がまさに、現実世界において西欧が第三世界に自身の価値観を押し付けている様と似ているという指摘だ。 この映画の宇宙人=現実の西欧人       ↓ 価値観の押し付け この映画の地球人=現実の第三世界の人々 一般的にはレヴィストロースの主張が勝ったとされているが、マルクスに傾倒したサルトルを擁護する人の意見も無視することはできないので、この映画は宇宙人が悪だとは明確には確定させてはいないと思われる。 ところで、マルクスといえば無神論者でサルトルもそうだったが、しかし、この映画ではサルトルを信奉していると思われる宇宙人側が、キリスト教の最後の審判と同じようなことをしているのがまた興味深い。キリスト教を否定しておきながらやってることはキリスト教と同じじゃねーかというツッコミの声が聞こえてきそうだ。正しさを追求しすぎると、結局、選民思想に行き着いてしまうんだろうね。 ここまで宇宙人側を批判し続けてしまったけれども、主人公夫婦の方はまったく悪くはなかったのかというと、そういうわけでもなく、この映画では「知る」ための労力をさぼった点について批判しているように思う。 ボタンを押したら他にどんなことが起こりえるのかとか、どういう仕組みでボタンが動いているのかとか、ものごとのしくみを知ろうともしないまま、誘惑に負けてボタンを押してしまった。(おそらくボタンを押すというのは契約書にサインすることに対応している) そして、ボタンを押した後になってようやくこの先何が起こるのかを知るための行動を起こし、そして、図書館に行った。図書館は何かを知るための場所で、したがって図書館というのはそういう意味で象徴的な場所であり、だから宇宙人の従業員たちがたくさんいたのだと思う。 ただ、「高度に発達した科学は魔法と区別がつかない」と言われているように、夫婦が自力で魔法を理解し分析して科学にするのはまず不可能だろう。そして、そもそも宇宙人側は説明が足りていない。図書館で3つの水柱のどれかを選べと言われても何のことかさっぱり分からなかったし、選んだらどうなるのかもさっぱり分からなかった。コミュニケーションは一方通行だったといえる。 しかし、知ろうとする意思を見せれば宇宙人側はいちおうそれに応えていたように思う。相手を子ども扱いして1から10まで教えるというのもそれはそれで相手を馬鹿にしているととられかねないし、宇宙人側の無口さはそういう気遣いとも受け取れる。偉い人の前では無口になってしまうのと同じことだろう。 サルトルの「出口なし」がここにきて活きてくる。「地獄とは他人のことだ」というセリフの通り、他意のない純粋な質問が回答者の心をえぐってしまうこともあり得るのだ。映画の前半、生徒が女教師に足のことを聞いたが、聞いた本人はもしかしたら何の悪意もなかったのかもしれない。相手に何かを尋ねるというのはなかなか難しい。 レヴィストロースは文化は多様で相対的だといったが、じゃあどうやって意思疎通をすればいいのかの答えは出せていないと思う。文化の衝突は言われ始めてもう何年も経っているし今更かもしれないけど、でも、相手を知ろうとする労力はさぼらず続けていかないといけないのだろう。 男と女の間には性差の壁があり、価値観の違いから深い断絶があるとよく言われるが、そんな男女がめぐり合って、結婚していて、共に暮らしている。レヴィストロースによると家族や婚姻はどんな文化においても存在する人類共通の文化であるらしい。結婚しても離婚しちゃう場合もあるから、壁がなくなったわけではないが、異文化交流も男女の出会いと同じようにたとえ壁があろうと本能的にそれを求めてしまうのが人間の性質なのだろうと思う。違う文化というのはもうそれだけで魅力的だしね。

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