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ダーリンは外国人 (2010)

監督
宇恵和昭
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3.36 / 評価:509件

ひどい原作改編

  • bar***** さん
  • 2018年4月23日 15時09分
  • 閲覧数 604
  • 役立ち度 1
    • 総合評価
    • ★★★★★

ダーリンは外国人。原作は少し読んだことがあるのですが、面白いです。

この映画は……「なんでこんなふうにした?」の疑問符の連続です。原作コミックはほのぼのとしていて、明るくユーモラスな内容なのですが、こっちはじゃっかんシリアスなヒューマンドラマになっています。それでもちゃっかり異文化ネタを差し込んでくるのですが……まったくシーンと馴染んでおりません。いきなりお笑いネタを真面目なシーンでぶっ込まれるような感じです。話の構造が高レベルすぎてついていけません。

他媒体の作品を映画化する場合、原作を模倣するのではなく、新たな要素を取り入れて一から再構成することは決して悪いことではありません。しかしその原作がどういった性質のものか、よくよく調べてみなくてはいけないと思います。『ダーリンは外国人』はコミックエッセイです。必然的に内容は日常のユーモラスなシーンがメインになります。また一つ一つの話に直接的な繋がりはなく、さまざまなシーンをより合わせたエッセイであるということです。

私は映画制作者に相当な自信がない限り、そこを崩してはいけなかったと思います。なぜならそれは原作の根幹部分だからでして、変えるとすれば、原作の良さがすべて失われる可能性が高いからです。ですから、そこは変えずに、日常シーンを主な内容としたアニメーション映画にするのが正解だったと思います。

実写化するのも、エッセイ性を崩すのと同じくらいリスキーな賭けだったと思います。なぜかというと、原作エッセイの内容は外国人のパートナーの奇態な振る舞いを、言葉は悪いですがわれわれに楽しませるのが軸になっているからです。われわれはトニーを知らず、またデフォルメされたキャラクターであることに安心して、笑いに興ずるわけなのですが、ここでもしきちんとした実像をもった人間が現れたとしたら、たとえ同じネタを披露されても、われわれは簡単に笑えなくなってしまうでしょう。それは失礼なことだからです。コミックエッセイの中でトニーというキャラクター(実在はするのだと思いますが、原作者さんの手によってデフォルメされているので、架空性が生じている)は、正確に言えば虚構であり、私たちは彼が実在することを了解しながらも虚構的な人物として楽しんでいるという、そういう形になっているからです。ここを崩すとすれば、創作は完全に一からやることになります。答えが分からないままで。相当リスキーなことだと思います。

原作の形式を完全に破壊しながら、何ができたのかというと、単なる女性の生活をベースにした恋愛ドラマで、『ダーリンは外国人』という舞台性は完全に木っ端微塵になってしまいました。これほどまで原作に対して、めちゃくちゃに切り裂いてダメにした映画はなかなか見たことがありません。鮮度のいい食材を、だらしない料理人がゴミに変えてしまったときのような憤りを感じてしまいます。

原作者さんとトニーさんはこんな映画など無視して楽しく暮らしていただきたいです。

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