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闇の列車、光の旅 (2009)

SIN NOMBRE/WITHOUT NAME

監督
キャリー・ジョージ・フクナガ
  • みたいムービー 443
  • みたログ 705

3.99 / 評価:255件

カスペルとサイラ

  • cucumber さん
  • 2013年4月28日 18時24分
  • 役立ち度 3
    • 総合評価
    • ★★★★★

本作を観ると、同日の午前に観た「真昼の決闘」(1952)がふと思い浮かんだ。それの感想についてはレビューで投稿したが、その映画の主人公ケーン(ゲイリー・クーパー)について簡単に説明すると、アメリカ西部の小さな田舎町に無法者4人組が来る噂が流れ、保安官であるケーンは町の人々に彼らを撃退するよう協力を依頼する。が、ケーンのせいで町が危険にさらされていると主張する住民は、逆にケーンを町から追い出そうとする。町に必要とされなくなったケーンはたった一人で敵を迎え撃つしかなかった。という、なんとも非情で悲しいストーリーである。

これのどこが本作と重なるかと言うと、人は必要とされることで自分の居場所を得るということだ。ケーンは最高の保安官として町の平和を守ってきたが、必要とされなくなってからは居場所なんてない。カスペルも同じだ。スラムの過酷な環境で生きていくためにギャングの組織に属していたが、必要とされなくなってからは逃避行を続けるしかない。

しかし、カスペルは自分の居場所を見つける。それは場所ではなく、心の拠りどころだ。貨物列車の屋根で出会った少女(サイラ)がカスペルの居場所になる。逆に、少女にとってカスペルが自分の心の拠りどころになる。カスペルはサイラの支えになり、サイラはカスペルに生きる目的を与える。お互いが必要とし必要とされる関係こそ、自分がいるべき場所なのだ。

二人の友情とも愛情ともいえない淡い信頼関係を温かく包み込むように、随所に散りばめられた大自然や画面をオレンジに染める陽光が印象的に映る。二人の逃避行が、スラムというエキセントリックな生命力に溢れた雰囲気と相性よく重なり、残酷な現実を描きつつも、そのなかで見え隠れする生命力や活気が観客を惹きつけている。

実際の社会問題を扱うロードムービーでありながら、説教じみてなく素直に観れるのは、カスペルとサイラの悲運ともいえる出会いを軸にしているからだろう。

「真昼の決闘」のおかげで少し深読み気味のレビューになってしまいましたが、父を亡くしたサイラが教会でカスペルの胸に埋もれるシーンで、支えあうふたり、必要としあうふたりの姿にとても感動してしまった。

詳細評価

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